第54話 四番の仕事
文字数 2,408文字
ダイキは先程のバッティングでまだ手が痺れていた。
タイミング、身体の動き、角度、スイング、どれも完璧だった。にも関わらずボールは外野の手前に落ちたのだ。
まるで鉄球を打った様だ(打った事無いけど)。あそこまで重い球は初めてだった。
「これが、点が取れない正体か」
インターナショナルハイスクールと対戦した高校は全てダブルスコアを食らっている。
攻撃力に差があったと言うのは勿論だが、それと同様に投手のカミーユが投げる球が外野まで飛ばないと言う事もあった。
「映像だけじゃ解らないな」
ボールコントロールによって打球を叩く位置を狂わせる技巧派かと思いきや全くの真逆。
正面から力でねじ伏せる、攻守共にパワーチームだ。
「! 監督――」
すると、ベンチから獅子堂監督がサインを出しているのが見える。
序盤の序盤から監督が指示を出すのは初めての事だ。今のバッティングだけで点が取りづらい事に気がついたのだろう。
「了解です」
送りバントの指示にリードをしつつボールの行方を注視する。
『監督の獅子堂が古豪の指揮に入ります』
『珍しいですね。獅子堂監督は基本的に試合の運びを選手に任せています。動く事は殆んどありません』
『大竹さん。やはり、それだけインターナショナルハイスクールが手堅いと言うことでしょうか?』
『グラウンドに立つ者にしか解らない何かがあるのでしょう。インナイの投手カミーユ君も主力投手ですからねぇ』
二番、浅井はセオリー通りにきっちり送りバントを決めた。
ダイキは二塁へ行き、一アウト、二塁。
「……なんだありゃ?」
「どうした? 浅井」
五番の主将織田は戻ってきた浅井の様子に声をかける。
「あり得ねぇくらい球が重い。まるで鉄球をバントしたみたいだった」
「お前、鉄球をバントしたことあるのか?」
「いや、無いけど」
「やはり、そうですか」
二人の会話に、フム、と獅子堂監督が合点が行ったように腕を組む。
「監督」
「この試合は相当シビアになります。先に1点を入れた方が勝利になるレベルでしょう」
「じゃあ、俺の得意分野ッスね」
ネクストバッター席で話を聞いていた嵐の言葉に、
「嵐……先輩を差し置いてホームラン打てるとか生意気言ってんじゃねぇぞ!」
「敬遠ばっかされてるクセに何威張ってんだコラ!」
「えー?! 俺と音無の扱いに差があり過ぎじゃ無いッスか?!」
「うるせー! 面倒だからさっさと一発叩き込め!」
そう、嵐のパワーならあの球はスタンドに運べる。それを監督を含むチーム全員が解っていた。
「ふふ。今、敬遠出来ない様に場を作っています。頼りにしてますよ、嵐君」
「了解ッス」
三番、二塁手の伊達にはヒットの指示。伊達は他に比べて出塁率はさほど高くないが、バッティングコントロールはチーム随一だ。
カミーユはダイキへ何度か牽制を送る。そして、少し目を置いてから伊達との勝負へ。
セットポジションから腕を大きく上げてストレート――
「――――」
ボールは気味の良い音と共にセンター前へ落ちる。
ダイキはボールが飛んだ瞬間に迷わず走り、三塁へ。伊達も一塁を踏める形だが――
「アウト!」
『レーザービーム決まったぁ! センター、ジェリド、その小柄な全身を駆動させた一投は一塁への追加を許しません!』
「……今の駄目か」
伊達も走塁に手を抜いたわけではない。本来なら十分にセーフとなる形だが、ジェリドの送球が異常に速かったのである。
『ジェリド君の判断も速かったですね、大竹さん』
『音無君を見ないのは今の状況では最適解でしょう。勿論、ジェリド君の走力と肩があっての結果ですが』
「嵐」
「伊達先輩」
「球場にボールを転がすと面倒だ。フェンスを越えた方が良いぞ」
「ウッス」
ここまで、白亜高校によるインナイに楔を打つような一撃を見舞った選手はいない。
『さて、バッターは四番、嵐。白亜高校の面々はカミーユを前に長打が出ていませんが、ここは期待したいところです』
『これは興味深い勝負になりますね。ツーアウトで走者は三塁。打ち上げもスクイズもない。完全なバッター勝負になるでしょう』
『この打席で点が動く可能性が高いと言う事でしょうか?』
『嵐君は今までの試合で殆んど牽制しかされていません。インナイ側としても四番の情報は得ておきたいでしょう』
「お、嵐君来たね」
「……打てるかな」
今大会で最も勝負を避けられてる男である嵐君。しかし、インナイの投手は彼に向かい合うだけの力を持っている。
「打てるよ。彼は嘘をつく男じゃない」
状況からしてバッター勝負を選ぶだろう。討ち取れば指揮は上がる。一巡目から注目の対戦カードだ。
『あぁっと! これは――』
しかし、観ている者と白亜高校の面々全てが驚愕する行動をインナイは取った。
「……」
嵐は捕手が立ち上がった様にバットの構えを解いた。
敬遠。インナイのバッテリーは嵐との勝負を避ける選択をしたのだ。
「フォアボール!」
「……」
嵐はバットを次の打者の織田に渡す。その時の表情は――
「嵐」
「大丈夫ッス」
いつも通りだと言わんばかりに一塁に向かう嵐の背中は寂しく映った。
『堅実に送りましたね、大竹さん。やはり、一巡目から嵐君との勝負はリスクが大きいのでしょうか』
『言うなれば嵐君はチームの主砲です。しかし、次のバッターは第二の主砲と言っても過言ではない主将の織田。今の状況でランナーを増やすのは相当な度胸が必要です』
ツーアウト、一三塁。バッターは嵐と同等のバッティングセンスを持つ主将の織田。
「来い――」
織田は嵐と同様の体格を持ち、今大会の打率もダイキに並ぶ勢いだ。
『あぁっと! これは――』
ソレを見ていた白亜高校の面々は思わず目を見開いた。
インナイの捕手バジーナは立ったまま
「これは、本当にマズイですね」
全員がインナイの判断に驚く中、監督の獅子堂だけは敗北が迫る足音を感じていた。