第561話 お前、明日フラれるぞ
文字数 2,800文字
物心ついた時から疑問だったのだ。
圭介おじさんが何故『神島』を離れたのか。それが全部……オレの居場所を作るためだったなんて……
「ケンゴ。圭介に悪いと思っては駄目よ? これは彼が自らで判断して選択した事。貴方が負い目を感じる行為は、圭介の意思に泥を塗る事になるわ」
「…………わかってる」
不幸中の幸いなのは、この件は既に解消済みと言うことだ。それなら……
「ミコ婆、圭介おじさんが日本に来るって解ったら一番に連絡してくれない?」
「いいわよ」
圭介おじさんが来たときに何がなんでもジジィとの関係を元に戻す。それが、ささやかながらもオレに出来る
「それにしても、ケンゴは随分と敷居が高いのね。アヤじゃ満足出来ないなら、私が紹介出来る方は更に限られるわよ?」
「いや……唐突だった事もあるけど……オレは誰かと結婚する気は無いからね?」
「ふむ……これは相当ね」
「何が?」
「そんなに女性に対して興味が無いなんて……アヤも二度迫ったのに、生娘で帰したのでしょう?」
「な、なぜ、その事を!!?」
思わず叫んでしまった。
あの夜は本当にヤバかった。今まで以上に逃げ場はなくて、アヤの迷いとGパイセンの、よっす、が無ければ間違いなくオレらは初めてを散らしていただろう。
時折、ソレを思い出して自家発電するのは絶対にナイショだ!
「トキ義姉さんが、嬉々として教えてくれたわよ?」
あのババァ……
「ミコ婆、一つ訂正する。ばっ様はアヤの純粋な性格につけこんで、嵌めようとしたんだ!」
「私の目から見ても、アヤのルックスは知り合いの中では上から数えた方が早いレベルよ。多少童顔で幼く見えるけど、ちゃんと成人よ?」
「いや……だからさ、そう言う事じゃないの! オレはアヤの事はもう妹みたいに思ってるから、今後は絶対にそんな目では見れませーん」
終わりっ! この話はここで終わりっ!
「あらそうなの……アヤと貴方が夫婦になれば『神島』も一層、賑わうと思ったのにね」
「そりゃ……里の過疎化は進んでるけどさ。それでも色んな人の人生を巻き込むの止めなよ……」
「『神島』の事はオマケよ。私は引き合わせて、その後のドラマを見たいだけなの。創作物はパターンがマンネリ化しちゃってね」
「しれっと本音を言いやがりましたな」
おほほ、って誤魔化しても絆されないよ! オレも大人だし、ジジ、ババの策謀には負けないもん!
「ケンゴ、次の相手なんだけど、総理のお孫さんはどう? この子なんだけど」
すっ、とスマホの保存した写真を出すミコ婆。
「ミコ婆……今の会話の流れは理解してる?」
「してるわよ。総理のお孫さんね、とても可愛いの」
「畏れ多いわい!」
ホントに全く釣り合わない人を紹介すんの止めてくれ!
「あら、せめて姿を見てから決めなさいな」
「そんな話に乗る事はないから見る必要無し!」
「残念。夏の磯研修に招待された時の写真しかないから、水着姿なのだけど」
「…………」
まぁ……チラッと見るだけなら――
オレはチラッとテーブルに置かれたミコ婆のスマホを見る。
“引っ掛かったなケンちゃんや”
と、言う吹き出しと、こちらへ指を向けるババァのドヤ顔写真がオレに向いていた。
明らかにこの瞬間の為に用意されたであろう、ババァのブラックジョークが遠隔で飛んできた。
「…………」
「あら、写真間違えたわ」
「もう、何も信用しないっ!」
世の中、嘘ばっかりだぁ!
ちょっと里に帰省して顔を見せた事で、ばっ様のジョークリストに載ってしまった様だ。コイツァ……油断出来ねぇぜぇ……。何せ、信頼してたロクじぃもハメて来たからな。
「ふふ。ごめんなさい。前にアヤとの仕合をした動画を見せられてね」
「仕合……あ」
アヤがオレを強引に『白鷺』へ連れて行こうとしたあの仕合か。まさか、ミコ婆もリアルタイムで見ていたなんて。
「感じる人は感じているわ。ケンゴが背負うモノはアヤでさえも抱えきれないって。心配にならない方が無理なのよ」
「ミコ婆……その件はオレの中でひと区切りついたから、もう大丈夫だよ」
まだ解決できていない問題はあるけれど、全てを知った上でオレの力になってくれる人達が居てくれる。
だから、強がりでもなく、偽りでもない事をミコ婆に伝えた。
「――そう。本当に良かったわ」
理解してくれた様にミコ婆も安心した笑顔を作った。
「ケンゴが男色家になってるんじゃないかって、トキ義姉さんから聞いてたから」
「…………あ、その“良かったわ”?」
「ええ」
ほーんとさぁ……真面目に対応したのが馬鹿みたいですよ。なんか……服装自由で皆スーツで来たのに、一人だけ私服で来た場違い感。わかる人いる?
「ふふ。それで、どう? 総理のお孫さんとお見合いする?」
「全力で止めとく」
これ以上は心労は増やしたくない。て言うか、紹介してくるランクが高過ぎんだろ。若白髪が出来ちゃうよぉ! それか十円禿げ。
「そう、残念ねぇ。将来有望な子なのに」
「将来有望って……何歳なのさ」
「17歳」
「ホントに、そう言う情報は先出しして! 捕まるから!」
「おほほ」
おほほ、じゃねーよ。
「それなら、ケンゴの周りには良い子は居ないの?」
「プライベートは明かさないっ! 絶対に変なことするでしょ!」
「しないわよ~。もし、そう言う子が居るなら私もこの件は諦めがつくの」
む、むぅ……一理ある。
確かに付き合ってないとしても好きな異性が居ると解れば諦める起因になるだろう。けど――
「…………」
「いないの?」
けど……リンカはまだ未成年なんだよなぁ。そんな彼女をこの場で好きだと告白したら、完璧に言質が取れてしまう。
そのまま、ファンファンと国内治安組織によって檻の中へご招待だ。うごご……どうすれば……
「……ふふ。居るのね?」
「あ、ハイ……告白はまだなんですが……」
明日の予定です。とは絶対に言えない。きっとどんな手を使ってでも観賞しに来るだろうから。
「そう。それなら良かったわ」
と、ミコ婆は満足してくれた様に立ち上がる。ふーぃ……何とかファンファンは間逃れたか。
「ケンゴ」
「うん?」
「頑張りなさい。フラれたら良いいつでも頼ってね♪」
「ははは……頑張るよ……」
そう言うとミコ婆は食堂から去って行った。
「……」
オレは一人残り、少しだけミコ婆の発言の意味を考える。
なんか……そんな事を言われると萎縮してしまうなぁ。今まで、自分の好意を異性に正面からぶつけた事はなかった。
だからなのか、自覚すると不安になってくるのだ。
「フラれる可能性……か」
「鳳」
すると、食堂の奥の席でずっと新聞を読んでいた坂東さんが声をかけてくる。
「お前、明日フラれるぞ」
「……え? それはどういう……」
「俺の勘」
当たるか当たらないんだか解らない坂東さんの勘。
しかし、オレは……まさかこれが本当だとはこの時は思いもしなかった。