第446話 最愛の女性の声に導かれてね

文字数 2,750文字

 熊の痕跡を追い、母屋方面へ茂みを進んでいたジョージは門の前で吠える飛龍の声を聞いた。
 視界の見える位置まで行くとそこには熊吉ともう1頭の熊が飛龍と相対している。

「……」

 ジョージは即座には飛び出さずに、距離を取ったまま茂みから猟銃を構える。
 近づき過ぎれば気づかれて取り逃がす可能性からの潜伏である。狙いは熊吉の頭。角度を合わせて今度こそ仕留める――



 その時だった。母屋の戸が開き、そこから七海が走り出てくる。

「なんだと!?」

 何故ここにいるのか。そして、飛龍が逃げずに熊吉どもと相対する理由がわかった。
 母屋に近い熊の方に猟銃を向けるが、七海の距離が近く、引き金は引けない。

「くっ!」

 と、七海は持っていた小麦粉の袋を投げて熊を怯ませた。
 それを見たジョージは銃を背に回し傾斜を降りる。こちらが居ることを知らせれば籠城に回るだろう。
 しかし、七海は怯む熊を目の前に動かない。と、彼女の掛け声に母屋からユウヒとコエが走って出てきた。

「一体、どうなってやがる」

 ジョージは状況を整理するよりも三人を逃がす選択を即座に選ぶ。

“ゴガァァァ!!”

 その時、熊吉が憤慨する様な咆哮を上げた。距離のあるジョージにもビリビリと響く程のソレによって、コエが唐突に転倒する。

「補聴器がやられたか!」

 下りに時間を掛けられない。ジョージは傾斜を滑る様に下りつつ、息を吸う。

「コエ!!! 母屋へ駆けい!!!」

 その声に、その場の全ての生物がジョージが参戦する事を認識する。





 熊吉にも劣らないジョージの声が何とか聞こえたコエは立ち上がり、母屋へ逃げて玄関戸を閉める。

 ジョージは傾斜を滑り下りつつ母屋前の道路に出ると空に向かって一発発砲。自分が最大の戦力を持つ事を場にアピールする。

「!」

 その銃声にコエを見ていた熊は、己の命を脅かす存在としてジョージに視線を合わせる。
 ジョージは熊に銃口を向けて射撃のタイミングを図った。

「ゴォォォア!!」

 その時、ジョージの側面より熊吉が直立して襲いかかった。
 二度の対峙による因縁の邂逅。完全に補食する動きで食らいつく。

「お前に構ってられるか」

 ジョージはしゃがみ、石ころのように横へ回ると、熊吉の足に全体重をぶつけて体勢を崩す。
 熊吉は石に躓いた様にバランスを崩し、その腕をジョージは取ると、倒れる勢いを更に助長させ片手で熊吉を投げた。

 古式『背落とし』。

 それは、己を機転に自分よりも大きな者を投げる技。敵が向かってくる事と、自らよりも遥かに体躯と重量がなければ決まらない『古式』であるが、現状はその両方を満たしていた。
 弧を画いて空中で半回転した熊吉は背中から道路に落ち、自らの全体重の衝撃を受けて痺れる。

「グゥゥゥ!」
「テメェは後で殺す。そこで寝てろ」

 ジョージは片膝をついて、コエを襲う熊へ銃を向けるが既に適正距離よりも内側に接近してきていた。立ち上がる巨体が影を作る。

「ガァァァ!!」
「チッ!」

 振り抜かれる腕によって銃は弾かれてジョージの手から横へ滑って行く。しかし、ロストした銃へ固執せず、剥ぎ取りナイフを取り出した。
 熊は銃を無くしたジョージは驚異で無くなったと判断し、そのまま食らいかかる。

「マヌケが」

 ジョージから見ればソレは隙だらけだった。
 熊が牙を届かせる間に、中央線にナイフを縦に3ヶ所刺し、片腕を切りつけ、脇を抜けつつ、脇腹を横凪に裂く。

「グガァ!!?」

 思っても見なかった反撃に熊は大きく怯んでその場に崩れる様に伏せた。

「ナイフが短すぎて内臓(モツ)まで届かんか」

 ジョージは一度、ナイフの血を払いつつコエが母屋へ逃げた様子を確認する。

「飛龍」

 主の言葉に飛龍は側へ寄り、先程よりも戦意を纏う。

「この二匹を殺る。援護しろ」
「ワン!」

 熊吉はのそりと体勢を戻す。しかし、まだ身体は痺れている様だった。





「……」

 ジョージの出現に七海は判断に迷っていた。すると、抱えていたユウヒが七海から脱する。

「コエ!」
「! 待て!」

 コエの元へ向かおうとしたユウヒの手を七海は掴み止める。

「ケイ! 離して! わたしが手を離しちゃったから……迎えに行かないと!」

 どうする……じいさんの援護に回るか? いや……駄目だ俺たちじゃ――

「駄目だ。俺たちは逃げるぞ」
「ケイ!」
「じいさんの邪魔になる! 下手すりゃ、皆死ぬぞ!」

 七海の本気の気迫にユウヒはビクっと身をこわばらせる。そんな彼女を安心させるように抱きしめた。

「コエは大丈夫だ。後で皆で助けに来ればいい」
「……」

 ユウヒは頷かなかったが、抵抗する気が無かった事からも七海は彼女を抱える。

 だが、その一瞬の躊躇いが更なる窮地へと落ちいる事になった。

「――!」

 山からもう1頭の巨熊が、退路を塞ぐように現れたのである。
 走り出そうとした七海は足を止めた。

「クソッたれが!」
「ゴゴガァァァ!!」

 その熊は七海とユウヒに襲いかかった。
 七海は自分が犠牲になってでもユウヒを護る様に彼女を覆う。
 ユウヒは涙を浮かべながら七海を強く抱き締めた。





「! ケイ! ユウヒ!」

 現れた3頭目の熊。おそらく、コエを転ばせた熊吉の咆哮を聞き、やってきたのだろう。あちらの援護を――

「ガガァァァ!!」
「!」

 ジョージの意識が七海達の前に現れた熊に取られた一瞬だった。身体を(たわ)めた熊吉の突進をジョージは正面から食らってしまった。

「くっ!」

 『流力』にて衝突の衝撃は堪えるも、塀に激突する。そこへ、ナイフで刻んだ熊が腕を振り抜いて来た。

「チィッ!」

 ジョージは咄嗟に動けなかった為に腕でガードしつつ、カウンターで鼻へナイフを突き刺す。

「ガオオォォ!!?」
「この熊畜生が」

 熊は刺さったナイフを奪うようにのけ反り、ジョージはガードした腕が爪によって切り裂かれ血が流れる。

 腕は上がらんか……

 指は動くが、肘を持ち上げる筋肉をやられたか。熊吉の追撃を牽制するように飛龍が間に入って吠える。





 土台、無理があった。
 1頭を仕留める為に銃を持つ者が二人いてようやくの相手。
 更に敵は飢餓状態であり、どれだけ傷を負っても逃げる事など考えていない。
 今の熊吉達にとって、目の前の生物は全て餌でしかなかった。

「ガァァァ!!?」

 しかしそれは、相手が餌になる程に弱かった場合の話しである。

「――――」
「……え?」

 七海達へ襲いかかった熊は唐突に身体をのけ反らせて体勢を崩した。そしては、背後を向くが、ソレは入れ違う形で移動し彼女達を庇う様に前へ。

「な……なんで……ここに?」

 ユウヒの質問に背を向けつつ手に抜き身の刀を持つ天月は、後ろ目でキランっと言う。

「最愛の女性(ケイさん)の声に導かれてね」

 コイツ……やっぱりバカだ。
 と、こんな時にもそんな言葉が平然と出る天月に七海は呆れた。
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登場人物紹介

鳳健吾(おおとり けんご)。

社会人。26歳。リンカの隣の部屋に住む青年。

海外転勤から3年ぶりに日本に帰って来た。

所属は3課。

鮫島凜香(さめじま りんか)。

高校1年生。15歳。ケンゴにだけ口が悪い。

鮫島瀬奈(さめじま せな)

XX歳(詮索はタブー)。リンカの母親。ママさんチームの一人。

あらあらうふふなシングルマザーで巨乳。母性Max。酒好き。

谷高光(やたか ひかり)

高校1年生。15歳。リンカの幼馴染で小中高と同じ学校。雑誌モデルをやっている。

鬼灯未来(ほおずき みらい)

18歳。リンカの高校の先輩。三年生。

表情や声色の変わらない機械系女子。学校一の秀才であり授業を免除されるほどの才女。詩織の妹。

鬼灯詩織(ほおずき しおり)

30代。ケンゴの直接の先輩。

美人で、優しくて、巨乳。そして、あらゆる事を卒なくこなすスーパー才女。課のエース。

所属は3課。

七海恵(ななみ けい)

30代。1課課長。

ケンゴ達とは違う課の課長。男勝りで一人称は“俺”。蹴りでコンクリートを砕く実力者。

黒船正十郎(くろふね せいじゅうろう)。

30代。ケンゴの勤務する会社の社長。

ふっはっは! が口癖で剛健な性格。声がデカイ。

轟甘奈(とどろき かんな)。

30代。社長秘書。

よく黒船に振り回されているが、締める時はきっちり締める。

ダイヤ・フォスター

25歳。ケンゴの海外赴任先の同僚。

手違いから住むところが無かったケンゴと3年間同棲した。四姉妹の長女。

流雲昌子(りゅううん しょうこ)。

21歳。雑誌の看板モデルをやっており、ストーカーの一件でケンゴと同棲する事になる。

淡々とした性格で、しっかりしているが無知な所がある。

サマー・ラインホルト

12歳。ハッカー組織『ハロウィンズ』の日本支部リーダー。わしっ娘

ビクトリア・ウッズ

30代。ハロウィンズのメンバーの一人で、サマーの護衛。

凄腕のカポエイリスタであり、レズ寄りのバイ。

白鷺綾(しらさぎ あや)

19歳。海外の貴族『白鷺家』の侯爵令嬢。ケンゴの許嫁。

音無歌恋(おとなし かれん)

34歳。ママさんチームの一人で、ダイキの母親。

シングルマザーでケンゴにとっては姉貴みたいな存在。

谷高影(やたか えい)

40代。ママさんチームの一人であり、ヒカリの母親。

自称『超芸術家』。アグレッシブ女子。人間音響兵器。

ケンゴがリンカに見せた神ノ木の里

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