第381話 反則負けなんだ

文字数 2,624文字

 棋士『ユウヒ』。
 それは、オンライン将棋『将棋の海』にて彗星の如く現れ、猛烈な勢いでランキングを上げるプレイヤーの名前だ。
 その勢いは止まる事を知らず、現時点では約36000人以上いるプレイヤーの中でランキング19位にまで食い込む。
 対戦者は誰もがプロか奨励会の人間だと思うだろう。しかし、その正体は10歳にも満たない少女――雛鳥夕陽であった。





 一秒差し。それは、棋士にとって相手の詰みが確実に見えた際に始まる最後の導火線である。
 故にソレが始まるのは終盤の終盤。全てを読み切り、詰みに手を伸ばせる時だ。
 しかし、今回のユウヒの相手はかなりイレギュラーだった。序盤の序盤から新次郎の始めた一秒差しは、ユウヒにとっては初めての経験であった。

「詰みがあるって……ハッタリよ!」

 ユウヒも序盤の盤面を整える手を慣れた様子で形成していく。パチッパチッと交互に駒を打つ音が場に響く。

「ユウヒちゃん。あらゆる物事は全てイメージを作る事が出来る。俺は駒の動ける範囲を見て、最も形成しやすい場面を絞ったのさ」

 新次郎は最適解をなぞる様にノータイムで駒を動かす。
 将棋は一手先に打てる先手が“攻め”が基本となり、後手は“受け”が主となる。つまり、攻めきれれば先手の勝ちであり、受けきれれば後手の勝ちである。

 新次郎は駒の動ける範囲を覚えただけで、その辺りのセオリーはまるで知らない。
 しかし、彼はあらゆる要素とイメージを駆使し、一手少ない自分は自然と出遅れると認識。ユウヒの手を全て受けきる方向へと陣形を形成していた。

「ケイさん」
「なんだ?」

 コエは、すすすっと観戦している七海に寄る。

「新次郎さんって本当に初心者?」
「さぁな。俺もアイツの事は知らねぇし、知りたくもねぇ。ただ――」
「ただ?」
「嘘をつくようなヤツじゃない事だけは確かだ」

 場面は中盤。お互いに“攻め”と“受け”の準備が整った。
 ユウヒも慣れた盤面をほぼノータイムで作った為に、時間は殆んど減ってない。そして、五秒ほど“読み”に間を開けてから――

「受けきれるかしら!」

 新次郎の形成した陣形に仕掛けた。
 手慣れた攻め。時間の猶予はユウヒにあり、新次郎は一秒以内に指さなければならない。
 あらゆる角度から新次郎の陣地へ踏み込むユウヒ。その猛攻は駒を取り、犠牲にし、一手一手が複雑な模様を盤面に形成する。
 もはや、対戦している二人にしか優劣が分からない程に盤面は入り乱れた。そして――

「うっ……」

 ユウヒの攻めが止まった。
 新次郎の最適解を続けた受け。ソレをノータイムで返されるモノだからユウヒもつい、熱くなってしまったのだ。
 結果、僅かなミスによって徐々に盤面は攻め手を失い、手が止まったのである。

「もう佳境だ。君の持ち時間は2分を切った」

 対して新次郎は残り30秒であるが、宣言通りに詰みが見えているのか、焦りは一切無い。

 このままじゃ詰めない……なら一旦受ける? いや……無理だ。持ち駒の数から絶対に受けきれない。相手のミスを待つ……ミス? 新次郎さんはミスをしたっけ――

 敗北が濃厚になった事でユウヒは次の手を指せなかった。それを皮切りに雪崩れる様に投了まで滑り落ちるだろう。

「う……うぅ……」

 思わず眼を伏せてしまう。その時、

「ユウヒ! 顔を上げろ!」

 この声に思わず顔を上げる。発したのは七海だった。

「途中で止まるな! 最後まで走り続けろ!」

 敵である七海からの激に、ユウヒは涙ぐんだ眼を一度袖で擦る。そして、一手を打った。

「フッ……やはり、ケイさんは最高ですね!」

 戦意を取り戻したユウヒの眼に新次郎も笑って駒を打つ。
 しかし、盤面は明らかにユウヒの敗勢。新次郎は手を抜く事は失礼に値すると手加減は一切しなかった。
 盤面は終局間際。後数手でユウヒの玉は詰む。それでも、彼女は指し手を止めなかった。
 そして、玉の前に詰みとなる『歩』がパチッと打ち込まれる。

「――――勝負あり」
「だな。勝負アリだ」

 コエとハジメが盤面を確認。ヨミも確認し、ユウヒは俯いて自分の敗北宣言を待つ。

「ケイさん。大人気(おとなげ)なかったですけど、手加減はしませんでしたよ。まずは1勝です」
「いや、新次郎さん。勝ったのはユウヒだ」
「……え?」
「ふぇ?」

 ハジメの判定に新次郎のみならず、ユウヒもそんな声を上げる。
 最後の詰みとなる歩打ち。それと同じ縦列の遥か後方にもう一つの歩があった。

「新次郎さん。二歩は反則負けなんだ」

 新次郎は眼を点にして、スマホをポチポチと動かし、将棋に置ける違反手を調べる。

「どうやら……将棋には想像もできない魔物が潜んでいるらしいね……二歩と言う魔物が」

 そして新次郎は、負けました、と潔く頭を下げた。





「勝った……の?」

 オンライン将棋では絶対にあり得ない勝ち方。盤面は自分の敗け。こんな勝ち方は……納得が――

「新次郎さん……これはそっちの勝――」
「お前の勝ちだよ、ユウヒ」

 七海が告げる。

「最後まで走り続けたお前の勝ちだ。頑張ったな」
「あ……ありがとう」

 そう言って恥ずかしそうに眼を伏せるユウヒに七海も笑う。

「ケイさん! すみません! 大口を叩いておきながら……敗北をしてしまって!」
「あー、お前もよくやったよ。気にしてねぇから心配すんな」
「本当に……貴女は優しいですね」

 気持ち悪い視線を向けんな。すみません……貴女へ溢れる愛がつい。
 などと相変わらず新次郎に七海がげんなりしていると、

「良くやった、ちび助。後は任せな」

 パンッ! と掌と拳を打ち付けた蓮斗が前に出る。

「次は俺様だ。そっちは……姉ちゃんと爺さんのどっちが相手だ?」
「ハッ! なら――」
「俺が行こう」

 蓮斗の挑発じみた出陣にゲンが名乗りを上げた。

「七海よ。ここは任せとけ」
「しゃーねぇな。俺は残りを的にするか」

 七海は必然と決まる対戦相手であるアヤを見る。彼女はその視線に気付き、ニコッと微笑んだ。

「爺さんが相手か。言っておくが、この荒谷蓮斗! 前よりもパワーアップしてここに居ると言うことを教えてやるぜ!」
「おお、そうかい。前のお前さんを俺は知らんが、若手に繋ぐのがジジィの仕事だ」
「つまり?」
「手加減はしないって事だ。坊主」

 互いに二メートル近い。体格は僅かにゲンが上だが、超人体質の蓮斗は見た目以上のパワーを内包している。

「勝負内容は……」
「腕相撲とかでいいだろ」
「じゃあ腕相撲で」

 審判たちはせっせと将棋盤の片付けを始めた。
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登場人物紹介

鳳健吾(おおとり けんご)。

社会人。26歳。リンカの隣の部屋に住む青年。

海外転勤から3年ぶりに日本に帰って来た。

所属は3課。

鮫島凜香(さめじま りんか)。

高校1年生。15歳。ケンゴにだけ口が悪い。

鮫島瀬奈(さめじま せな)

XX歳(詮索はタブー)。リンカの母親。ママさんチームの一人。

あらあらうふふなシングルマザーで巨乳。母性Max。酒好き。

谷高光(やたか ひかり)

高校1年生。15歳。リンカの幼馴染で小中高と同じ学校。雑誌モデルをやっている。

鬼灯未来(ほおずき みらい)

18歳。リンカの高校の先輩。三年生。

表情や声色の変わらない機械系女子。学校一の秀才であり授業を免除されるほどの才女。詩織の妹。

鬼灯詩織(ほおずき しおり)

30代。ケンゴの直接の先輩。

美人で、優しくて、巨乳。そして、あらゆる事を卒なくこなすスーパー才女。課のエース。

所属は3課。

七海恵(ななみ けい)

30代。1課課長。

ケンゴ達とは違う課の課長。男勝りで一人称は“俺”。蹴りでコンクリートを砕く実力者。

黒船正十郎(くろふね せいじゅうろう)。

30代。ケンゴの勤務する会社の社長。

ふっはっは! が口癖で剛健な性格。声がデカイ。

轟甘奈(とどろき かんな)。

30代。社長秘書。

よく黒船に振り回されているが、締める時はきっちり締める。

ダイヤ・フォスター

25歳。ケンゴの海外赴任先の同僚。

手違いから住むところが無かったケンゴと3年間同棲した。四姉妹の長女。

流雲昌子(りゅううん しょうこ)。

21歳。雑誌の看板モデルをやっており、ストーカーの一件でケンゴと同棲する事になる。

淡々とした性格で、しっかりしているが無知な所がある。

サマー・ラインホルト

12歳。ハッカー組織『ハロウィンズ』の日本支部リーダー。わしっ娘

ビクトリア・ウッズ

30代。ハロウィンズのメンバーの一人で、サマーの護衛。

凄腕のカポエイリスタであり、レズ寄りのバイ。

白鷺綾(しらさぎ あや)

19歳。海外の貴族『白鷺家』の侯爵令嬢。ケンゴの許嫁。

音無歌恋(おとなし かれん)

34歳。ママさんチームの一人で、ダイキの母親。

シングルマザーでケンゴにとっては姉貴みたいな存在。

谷高影(やたか えい)

40代。ママさんチームの一人であり、ヒカリの母親。

自称『超芸術家』。アグレッシブ女子。人間音響兵器。

ケンゴがリンカに見せた神ノ木の里

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