第214話 夕食会場

文字数 2,322文字

「ここか。土山(つちや)

 一台の車が旅館に止まった。助手席に座る男は強面の顔にサングラスにワイシャツと言った、その筋の人間と見間違う装いをしている。
 彼の名前は火防剛三朗(ひぶせごうざぶろう)。今、次期総理に最も近いとされる男である。

「祖母が勧める旅館です。しかし、火防さん。貴重な休みを私と過ごしてもよろしかったのですか?」
「気にする事はないよぉ、土山ちゃん。火防はカンナちゃんにフラれて傷心してんのさ」
「やかましいぞ、阿見笠」

 後部座席でアイマスクを額に上げた男――阿見笠流(あみかさながれ)は、車から降りて伸びをした。

「私は車を止めて来ます。お二方は、先にどうぞ。私の名前を出せば問題なく通れますので」

 火防の部下の土山は、そう言うと裏手の駐車場へ車を走らせて行った。

「土山ちゃんには、ああ言ったけどよ火防。一体どういう風の吹きまわしよ?」

 厳格という字の如く。そんな人生を送っている火防は、本来こんな旅行に休みを合わせてまで付き合う様な性格ではない。

「総理の計らいじゃ」
「ボスの?」

 火防のいつもの休暇は庭で犬のジローにボールを投げて遊んでいる。
 前に用事で火防の家にナガレが顔を出した時に、それを目撃し総理に告げ口した事を思い出した。

「休みらしく旅行にでも、と」
「ほー。ボスの提案じゃ、天下の火防剛三朗も断れねぇって事ね。ジローは誰が面倒を? カンナちゃん?」
「ペットホテルに泊めとる。カンナも今日から旅行でな」
「ほほぅ。噂の敏腕社長と二人で?」

 前にちょっかいかけたのバレて会いに行ったんだろ? とナガレが言うと火防は、どこからか情報が漏れたみたいだがのぅ、とナガレを睨む。

「あのガキ。カンナを側に置いとるからって調子に乗りおって。もしも、二人で旅行なんて行ってた日には……」
「全く。過保護も行き過ぎると嫌われるよぉ?」
「……お前に言われんでも解っとるわ」

 政界は隙を見せればすぐに喉笛を噛みつかれる世界。そんな世界で火防は噛みつこうとする獣どもを全て排除してきた鷹派だ。
 故に、家族には殆んど無関心に近い態度を取るしかなかったのである。

「お前の歩む道は長いからねぇ。ボスも少しは鎧の紐を緩めろって言ってんのさ」
「総理の心意気は強く実感しとるわい。それよりも、お前の方はどうなんじゃ?」
「お? やっぱり欲しい? 『神島』の情報(こと)

 政府とは別口とも言える地雷原をナガレが歩いているのは政界でも有名な話だ。

「黒金は踏み込んだらしいけど一蹴されたからねぇ」
「当たり前じゃ。中学生の女児を娶ろうなど、頭がおかしい」
「でも叶ってたら、総理に王手だったな」

 国としては今浮いている存在である『神島』を政府内に引き込めれば一気に情勢は安定できると見ている。

「ボスがジョーさんの友達だから今の形で何とかなってる。お前が総理になる必須条件は『神島』に対してどんなリアクションを起こすか、だな」
「……そもそも『神島』を蔑ろにしようとした過去が間違っとるんじゃ」
「まぁ、一番手っ取り早いのは『神島』と縁者になる事だねぇ。ジョーさん、ああ見えて結構家族思いだしな」
「だいぶ親しそうだな」
「伊達に何度も顔を見せてればね。それと、やっぱりオレも気になるわけよ」

 個人的な事と前から囁かれる二つの噂をナガレはそれとなく探っている。

「『神島』の後継者が居るって噂だ。また『神島』が活動を始めるならエライ事だよ」


 


「なぁ、加賀」
「どうした? 鳳」

 オレは風呂から上がり、尻が無事である事を同僚達に報告すると食事会場へ歩いていた。

「どうやら……全部“世界”が悪いらしい」
「……なぁ鳳」
「なんだ?」
「頭大丈夫かよ」

 加賀の言葉にオレは一休さんの様な、ポク……ポク……ポク……チーン、と言う間を得て状態異常が解除された。

「……だよな」

 なんだよ。全部“世界”が悪いって……どうかしてたぞ。数分前のオレ。
 根本的に何も解決してねぇ……。うーむ……リンカとは一度話し合うべきか……いや、その前に他の女性陣にさっきの事を話されてたら……

「どうした? 入んねぇのか?」

 食事会場の前で少し思考を巡らせていると加賀に促されて思わず入る。

 会場内には既に全員が座っている。オレと加賀は最後だったらしく、適当に近くの席に座ろうとして、

「二人とも、はい」

 轟先輩から一枚の席名簿の確認を促された。

「食事量や交流関係の拡張を考えての席だから最初はここに座ってね」

 どうやら朝から今までの間で皆の性格や他の人との距離感を観察した上で轟先輩が席を決めたらしい。ずっと仕事してるなぁ、この人。

「社長から許可はもらってるから。指定の席がどうしても嫌なら私の方から話をして代わってもらうよ?」

 普段の接点が少ない面子と席の距離が近い。リンカとオレは……席の端と端か。
 ふと、泉と話をしているリンカと目が合う。合った瞬間、眼を反らされた。ガーン……

「俺はこれで良いです」
「鳳君は?」
「大丈夫……です」

 オレの様子に少しだけ不思議がる轟先輩であるが加賀が、気にしなくて良いですよ、と着席を促した。ちなみに加賀はリンカの近くの席。

 料理は鍋。集団でつつくにはとても効率の良いモノだ。既に具材と火は通されており、食欲をそそる匂いが充満している。

「お? 来たね。MVP」
「鳳かぁ。鍋の管理よろしくね」
「よろしくッス! 鳳さん!」

 オレの鍋グループは、樹さん、カズ先輩、岩戸さん、轟先輩と言った面子。

「全員、揃ったようだね! 諸君!」

 上座の社長が立ち上がると音頭を取る。

「食べようか!」

 それだけを言って社長は座った。何で立ち上がったんだろう?

 そして、ワイワイと食事が始まる。
 オレは同席の女性陣の様子から、リンカへの失態は広まっていないと一人、安堵した。
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登場人物紹介

鳳健吾(おおとり けんご)。

社会人。26歳。リンカの隣の部屋に住む青年。

海外転勤から3年ぶりに日本に帰って来た。

所属は3課。

鮫島凜香(さめじま りんか)。

高校1年生。15歳。ケンゴにだけ口が悪い。

鮫島瀬奈(さめじま せな)

XX歳(詮索はタブー)。リンカの母親。ママさんチームの一人。

あらあらうふふなシングルマザーで巨乳。母性Max。酒好き。

谷高光(やたか ひかり)

高校1年生。15歳。リンカの幼馴染で小中高と同じ学校。雑誌モデルをやっている。

鬼灯未来(ほおずき みらい)

18歳。リンカの高校の先輩。三年生。

表情や声色の変わらない機械系女子。学校一の秀才であり授業を免除されるほどの才女。詩織の妹。

鬼灯詩織(ほおずき しおり)

30代。ケンゴの直接の先輩。

美人で、優しくて、巨乳。そして、あらゆる事を卒なくこなすスーパー才女。課のエース。

所属は3課。

七海恵(ななみ けい)

30代。1課課長。

ケンゴ達とは違う課の課長。男勝りで一人称は“俺”。蹴りでコンクリートを砕く実力者。

黒船正十郎(くろふね せいじゅうろう)。

30代。ケンゴの勤務する会社の社長。

ふっはっは! が口癖で剛健な性格。声がデカイ。

轟甘奈(とどろき かんな)。

30代。社長秘書。

よく黒船に振り回されているが、締める時はきっちり締める。

ダイヤ・フォスター

25歳。ケンゴの海外赴任先の同僚。

手違いから住むところが無かったケンゴと3年間同棲した。四姉妹の長女。

流雲昌子(りゅううん しょうこ)。

21歳。雑誌の看板モデルをやっており、ストーカーの一件でケンゴと同棲する事になる。

淡々とした性格で、しっかりしているが無知な所がある。

サマー・ラインホルト

12歳。ハッカー組織『ハロウィンズ』の日本支部リーダー。わしっ娘

ビクトリア・ウッズ

30代。ハロウィンズのメンバーの一人で、サマーの護衛。

凄腕のカポエイリスタであり、レズ寄りのバイ。

白鷺綾(しらさぎ あや)

19歳。海外の貴族『白鷺家』の侯爵令嬢。ケンゴの許嫁。

音無歌恋(おとなし かれん)

34歳。ママさんチームの一人で、ダイキの母親。

シングルマザーでケンゴにとっては姉貴みたいな存在。

谷高影(やたか えい)

40代。ママさんチームの一人であり、ヒカリの母親。

自称『超芸術家』。アグレッシブ女子。人間音響兵器。

ケンゴがリンカに見せた神ノ木の里

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