第350話 喝ッ! 喝ッ!

文字数 2,155文字

 限界を超えろ! オレの運命ぇ!
 はぁぁぁ!! と言いたげな気迫でビシッ! と渾身のチョキを出した。
 そこで、オレはようやく気がつく。目隠しをした状態のじゃんけんは、かなりマズイのではないかと言う事だ。

 だって、勝っても負けても結果はショウコさんにしか解らないじゃない? 
 しかし、オレが人でいられるにはこの(めかくし)は必要なのだ。後は信用するしかねぇ!
 ショウコさんが結果を正当に見てくれる事を――

「…………」
「…………」

 無言。恐らくショウコさんも何か出したハズ。反響するシャワーの音がえらく耳に入る。
 結果は……結果はどうなりやがりましたぁ!?

「……そうだな。交代とするか」

 よぉぉぉぉぉしぃぃ!! オレは勝ったらしい。もしかして、目隠した方がオレはじゃんけんが強いのか? ザマァ見やがれ色欲ども! 運命ってヤツはなぁ……クソみてぇな性欲には負けねぇのよ!

「それじゃあ、頼む」
「…………え? 何を?」
「互いに洗い合うと言っただろう? 君の番だ」
「……ボクは目隠してるよ?」
「ボク? まぁ、取れば良いだろう? 椅子を譲ってくれ」
「ハイ」

 オレは立つとショウコさんと入れ違う。

「背を向けるから髪から頼む」

 反響するシャワーの音と心臓の音が同じくらいの大きさに聞こえる。
 あ、やっべぇぞ……この状況で目隠しを……取る? 今でも蜘蛛の糸をえんやらえんやらと登ってる最中なのに、自分から手を離しに行くだと……

「私は最初のじゃんけんに勝ったんだがな」
「はい! ただいまやります!」

 この場に置いてじゃんけんの結果は絶対的だ。これ程に重責なじゃんけんは人生に置いて、後にも先にもこの時だけだろう。
 オレは目隠しを取る。

 



 シャワーのお湯で若干、場は曇っているものの、目の前には絶世の美女が座っていた。
 傷一つない綺麗な肌。整ったくびれ。背を向けているのに隠れきれていない胸。服の上からでもスタイルの良さは解るのに、それを取っ払うと全てを越えてくる。
 色素の薄い髪も相まって、雪景色をそのまま擬人化したような美しさは、不幸中の幸いかエロスを通り越した。

「じゃあ、髪から……」
「頼む」

 シャンプーを泡立てて背後からショウコさんの頭に触る。一瞬、ビクッと反応したが、彼女も頭に触れられるのは慣れていないのだろう。
 オレとしては割れやすい陶器を扱っている気分になってきた。
 さっきまで悶々としていたのが嘘の様に、彼女の美しさを汚さない様に丁寧に洗って行く。

「……こうして」

 するとショウコさんが懐かしむ様に言う。

「誰かに髪を洗ってもらうのは久しぶりだ」
「あー、そうだね。なかなか無いと思うよ」

 一人で風呂に入るのは親離れの第一歩である。

「……ケンゴさんも?」
「まぁね。て言うか、人類は皆そうだと思うよ」
「人類とは……君は妙にスケールを大きく捉える所があるな」
「そうかな?」
「ああ。私は……」

 そこでショウコさんは言葉に詰まった。何を思ったのか解らないが、整理する間、オレは彼女の後ろ髪を丁寧に洗う。

「ケンゴさん」

 まとまったのかショウコさんが口を開く。

「私は貴方に出会えて本当によかった」

 背中越しでもショウコさんは笑っている様が解る。それを正面から見ることが出来ないのは少し惜しいが、きっと良い笑顔なのだろう。

「ショウコさんも大袈裟だなぁ。別に今生の別れって訳じゃないのに」
「……そうだな」
「泡を流すから目を閉じてて」
「ん」

 泡が残らない様に丁寧に流し、ヘアートリートメントはこれにて終了。良い仕事をしたわい。
 すると、ショウコさんは後ろ髪を結い上げる。

「次は背中を頼む」
「おっけー」

 完全にエロとは別の領域に入った。今のオレは菩薩。あらゆる煩悩を退けし釈迦なのだ。悟りを開くってこんな感じだと心から思えるね。

「――痛っ!」
「あ! ごめん。強かった?」

 ハンドタオルは男のオレに合わせた硬めな代物である。繊細なショウコさんの肌には少々荒かったようだ。

「少し、それは痛いな」
「ホントにごめんね」
「手で頼む」
「……ふぁ?」
「手で身体を洗ってくれ」

 色欲を封じた菩薩の結果にヒビが入る。
 手で洗う……? 手……手って何だっけ?

「……じゃんけんしよ?」
「じゃんけん、ぽん」

 と、ショウコさんはオレに背を向けたままチョキを出す。オレは、パー。
 ガッハッフゥ!!? ま、負けたぁ!? クッソが! パーなんて二度と信じないもんね!

「……私は負けたのか?」

 行動を起こさないオレに、ショウコさんは振り向かずに聞いてくる。
 まてよ……この結果はオレしか知らない。つまり、選択は完全にオレが決められると言うことか! なんたる悪魔的閃き! そうとなれば――

「……オレの敗けです」
「そうか。なら頼む」

 不正は出来ない。結果は結果だ。ここで結果を偽れば、オレはこれからのじゃんけんに誇りを持てない。
 ……なんだよ、じゃんけんの誇りって。

 目の前には極上の身体。それをこれから自由に触れられる……やっべ。やっぱり誇りなんて捨てちまえば良かった。

「ん? 前からやるか?」
「い、いや! 背中からやるよ!」
「うむ」

 菩薩様が、性欲(ばけもの)を封じる結界を、喝ッ! 喝ッ! と言って強化してくれている。今しかない!
 オレはボディソープを手につけると、ショウコさんの背中に触れた。
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登場人物紹介

鳳健吾(おおとり けんご)。

社会人。26歳。リンカの隣の部屋に住む青年。

海外転勤から3年ぶりに日本に帰って来た。

所属は3課。

鮫島凜香(さめじま りんか)。

高校1年生。15歳。ケンゴにだけ口が悪い。

鮫島瀬奈(さめじま せな)

XX歳(詮索はタブー)。リンカの母親。ママさんチームの一人。

あらあらうふふなシングルマザーで巨乳。母性Max。酒好き。

谷高光(やたか ひかり)

高校1年生。15歳。リンカの幼馴染で小中高と同じ学校。雑誌モデルをやっている。

鬼灯未来(ほおずき みらい)

18歳。リンカの高校の先輩。三年生。

表情や声色の変わらない機械系女子。学校一の秀才であり授業を免除されるほどの才女。詩織の妹。

鬼灯詩織(ほおずき しおり)

30代。ケンゴの直接の先輩。

美人で、優しくて、巨乳。そして、あらゆる事を卒なくこなすスーパー才女。課のエース。

所属は3課。

七海恵(ななみ けい)

30代。1課課長。

ケンゴ達とは違う課の課長。男勝りで一人称は“俺”。蹴りでコンクリートを砕く実力者。

黒船正十郎(くろふね せいじゅうろう)。

30代。ケンゴの勤務する会社の社長。

ふっはっは! が口癖で剛健な性格。声がデカイ。

轟甘奈(とどろき かんな)。

30代。社長秘書。

よく黒船に振り回されているが、締める時はきっちり締める。

ダイヤ・フォスター

25歳。ケンゴの海外赴任先の同僚。

手違いから住むところが無かったケンゴと3年間同棲した。四姉妹の長女。

流雲昌子(りゅううん しょうこ)。

21歳。雑誌の看板モデルをやっており、ストーカーの一件でケンゴと同棲する事になる。

淡々とした性格で、しっかりしているが無知な所がある。

サマー・ラインホルト

12歳。ハッカー組織『ハロウィンズ』の日本支部リーダー。わしっ娘

ビクトリア・ウッズ

30代。ハロウィンズのメンバーの一人で、サマーの護衛。

凄腕のカポエイリスタであり、レズ寄りのバイ。

白鷺綾(しらさぎ あや)

19歳。海外の貴族『白鷺家』の侯爵令嬢。ケンゴの許嫁。

音無歌恋(おとなし かれん)

34歳。ママさんチームの一人で、ダイキの母親。

シングルマザーでケンゴにとっては姉貴みたいな存在。

谷高影(やたか えい)

40代。ママさんチームの一人であり、ヒカリの母親。

自称『超芸術家』。アグレッシブ女子。人間音響兵器。

ケンゴがリンカに見せた神ノ木の里

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