第89話 じゃーんけーん
文字数 2,488文字
すぐに部屋に入ったのでお風呂には入ってないハズ。
案の定、はいはーい、とケンゴの声と近づく音。リンカは緊張感しながらも肉じゃがを持って扉が開くのを待った。
「――…………?」
しかし、扉は開かない。それどころか音が消えた。気配は扉の向こう側にあるが開けるのを躊躇ってる感じだ。
「……」
待つ。妙な間にリンカは少しだけ頭が冷静になり、さっさと開けろ、と前のめりになった。その時、ガチャ、と扉が開く。
「こんばんわ」
まだスーツを着替えていないケンゴは、少しだけ詰まった様に挨拶をしてくる。
「……今日は遅かったな」
「ちょっと同僚と飲みにね。リンカちゃんは遅くまで勉強?」
「まぁ……そんなとこ」
互いにジャックに振り回されてるらしい。二人はケンゴの部屋の床でゴロンゴロンと背中を掻くジャックを一度見た。
「……これ」
と、リンカが肉じゃがを前に出し、切り込む。
「作り過ぎたから……食え!」
「あ……うん。ありがとう」
「なに緊張感してんだ」
肉じゃがを受け取ったケンゴのボディに軽く右ストレートをかますリンカ。
端から見ればいつも通りだが、キス以来に話をする二人の内心は穏やかではない。
「食器は……取りに行く」
「え?」
「い、いや! 洗ってウチ前に置いとけ!」
「りょ、了解」
言いたいことを言い出せずに互いにもやもやするが、それでもいつかは向かい合う必要があることは二人も解っていた。
「……リンカちゃん。ちょっと上がっていく?」
「はふん?!」
と、今度はケンゴが切り出すとリンカは変な声が出た事に顔を赤めるが当然それだけが理由ではない。
「よ、夜に何企んでんだ! こ、この変態が!」
「え、ま、まぁ……そうだね。夜も遅いし……今度にしようか」
「お、おお! そ、それで! じゃあな! おやすみなさいっ!」
そう言ってリンカは背を向けると自分の部屋へ帰って行った。
「……」
あたしは部屋に戻り、後ろ手で扉を閉めると数秒前の自分にビンタしたい衝動に駆られていた。
あああ! あたしのばか! 何やってんだ! 折角顔を合わせたのに! しかも彼から切り出してくれたのに!
思わず扉に寄りかかる。もう、この扉を開けて彼の部屋を訪ねるキッカケも度胸も尽き果てた。
「……だって無理だよ」
こんな状態で彼の部屋になんて上がったらきっと、歯止めが効かなくなる。それこそ階段を転げ落ちる勢いで――
“押し倒せ!”
ヒカリの助言が脳内再生され、あのままそう言うことになったと思うと更に熱が上がって行く。
「うー、駄目だ。一回、頭冷やそう」
リンカは自力での熱処理が上手くいかない為、水のシャワーを頭に被る事にした。
夜の田舎は虫の音色が窓から聞こえてくる。
老婆は趣味の刺繍をしながら、老人は猟銃の整備と清掃を縁側でしつつ時間を過ごしていた。
すると黒電話が鳴る。今はほとんど見ない、回転ダイヤル式の昭和電話であった。
「トキ。電話じゃ」
「じゃーんけーん」
老婆がそう言いながら手を振り上げて、ポンとグーを出すと、老人も釣られてチョキを出す。
「……」
「よろしく。じっさま」
電話はまだ鳴っている。老婆は刺繍を再開し、老人は銃の部品を置き立ち上がると、イラつきながらも電話を取った。
「神島じゃ。こんな遅くに――」
と、老人の対応が止まった様子に老婆は、およ? と眼を向ける。
「今さら何の用だ。マヌケ」
『じゃんけん負けたろ? じっさま』
それはケンゴからの電話。田舎を飛び出してから、実に六年ぶりに声を会わせたのだった。
『あ? 誰に向かってナメた口聞いてやがる』
「銃を振り回してる田舎で一番ヤバいジィさんじゃい」
リンカから肉じゃがを受け取ったオレは田舎に電話していた。
夜も遅いので出なければ明日にしようかと思ったが、まだ起きていたらしい。
『ふん。口だけは回るようになってやがる。帰ってきたらぶっ殺してやるから覚悟しとけ』
「こえーこえー。こわくて夢に出そう」
『やっぱり止めだ。今すぐ殺しに行く。そこから逃げんなよマヌケ』
『じっさまぁ、ケン君を独り占めはズルいのぉ~。ワシにも代わってな~』
『最初からお前が出ろ』
電話口で会話相手が入れ替わった。オレはようやく話が解る相手が出て嘆息を吐く。
『アイアム、トキカミシマ』
「なにそれ?」
『ケン君、米国に居ったんじゃろ? こっちの方が馴染み深いと思うての』
「いや……普通でいいよ」
『ほーか。自由の女神さんには刻んだか?』
「え? 何を?」
『鳳健吾見参! 夜露死苦アメ公! って』
「一個人で国に喧嘩売る度胸はオレにはねぇわ」
『ほっほっほ。ワシに惚れて欲しいならそれくらいは普通に出来てもらわにゃな』
相変わらず思考がぶっ飛んでるな、
『そんで、なんの用じゃい?』
「あー、今度なんか贈ろうと思ってな。欲しいものある?」
『島くれ、島』
「ほあ?」
ノータイムでなに言ってんだ、この人。
『海外の無人島一つ買ってくれや』
「……普通に無理じゃ」
『なんじゃあ。テンション下がるのぅ』
「ちなみに島、手に入れて何するん?」
『じっさまは騒がしいのは嫌いじゃからのぅ。静かな場所はいくらあっても困らんわい』
なんやかんや言いつつも、ばっさまはジジィ想いである事にオレは微笑む。
「すまんが島は無理じゃ」
『残念だの~。ならワシが死んだら島ごと火葬して大自然に還してくれや。これ遺言のぅ』
「……砕いて海に流すとかでもいい?」
『いやん、ケン君のエッチ!』
「いや、何が?」
話が逸れたオレは路線を本題に戻す。
「じゃあ、適当にお歳暮贈っとく。こっちで選んでもいい? カタログ送ろか?」
『ケン君。話してみい』
その言葉にオレは正直驚いた。
「……なんじゃ。ばっさまにはお見通しか」
『当たったかのう? カマかけただけじゃ』
「……」
オレは生きている間は、ばっさまを越える事は出来ないな、と実感しつつ電話した真意を話し出した。
「ちょっとキスされての――」