第212話 ピンチじゃなくてチャンス

文字数 2,438文字

「何か勘違いしている様だから言っておく。これはお前らにとってのチャンスだ」

 何をとち狂ったのか、国尾さんはそんな事を言ってくる。

「いいか? 今の状況は全然ピンチなんかじゃない。人生で一度あるか無いかのチャンスなんだよ。さぁ、オレと一緒にサウナチャンスを掴むヤツは誰だ?」
「「「「「……」」」」」

 オレらはただ無言で、蛇に睨まれたカエルの気持ちをひしひしと感じている。眼を反らせば襲ってくる、と。
 すると国尾さんは、ふっ、と短く笑うと、

「だ・れ・に・し・よ・う・か・な――」

 なんと一人ずつを指差して品定めを始めた!? オレらは、ワー!? キャー!? イヤァ!! と蜘蛛の子を散らした様に逃げ始める。そして、

「神様の言うとおり!」

 最後の、神様の言うとおり、を早口で告げてオレに指を向ける。げぇ!? オレかよ!

「おめでとう鳳。今日のMVPはお前だ。国尾式サウナエステのチャンスをゲットだぞ」
「なんですか!? サウナエステって! ちょっ! 腰のタオル掴まないでください!」
「まぁまぁ、選ばれし者よ。サウナに行こう」
「う、うおおおお!!」

 オレは蜥蜴の尻尾切りの様にタオルを捨てると、近くの扉を開けて逃げ込んだ。





「ふーむ……そろそろ良い感じに湯立って来たねぇ……」
「あ、ウチはのぼせる前に上がるッス」
「私もお腹空いて来たなぁ」

 樹さんと岩戸さんと姫さんは露天風呂から上がる。軽くシャワーで身体を流してお風呂からも出る様だ。

「あたしも出ます」

 悪くないタイミングだと思ったのであたしも露天風呂から上がる。良い湯だった。心なしか肌も潤った気がする。

「七海課長、お先に失礼します」
「失礼するッス」
「君たちも長湯は程ほどにね」
「おう。そろそろ飯だし、こっちももう少ししたら上がるよ」

 男性陣は、各々の人達と話をしているのでこちらには注目していない。でも念のためにバスタオルは巻いておこう。

「……」

 と、男湯の扉が気になる。なんと言うか……好奇心の様なものだと思われるが、こうまで警戒すると異界の扉のように思えてならない。
 いつの間にかその前まで足を運んでいた。

「……ないない」

 どうやらあたしは、のぼせたらしい。皆、もうすぐ上がるらしいし今さら来ても殆んど意味はない――

「ったく……本当にヤベー人だ。こりゃしばらく戻れない――」

 その時、ガラッと目の前の扉が開き、彼が現れた。何かから逃げてきた様子で後ろを警戒しているが、すぐにあたしの視線に気づく。

「……え? なんでリンカちゃんが? あれ? ここって露天風呂の方の――」





 オレはがむしゃらに扉を開けた。
 とにかく、あのホモの視界から消えなければ永遠にロックオンされる。
 扉を開けると、少し薄暗くひんやりする外廊下。更に奥には横戸。
 どこに通じているかなど二の次。今は自分の尻が最優先だ!

「ったく……本当にヤベー人だ。こりゃしばらく戻れない――」

 後ろを警戒しながら扉を開けると、湯気と暖かな空気を感じ、そして――

「……え? なんでリンカちゃんが?」

 バスタオルを巻いたリンカが目の前に居た。タオル越しでもわかる発育の良い体型は将来をとても期待できる――んじゃねぇよ! ここって――

「あれ? ここって露天風呂の方の――」

 オレは少し戻って扉の横に張られた、『この先露天風呂』と言う張り紙を確認する。

「リ、リンカちゃん。ご、ごめん! 居るって解らなくてさ!」

 やっべぇぇ!! 今叫ばれたら社会的な死が確定する。いや……混浴のハズなんだけど……モラルとか、そっち系の概念で!
 オレはリンカからの罵倒やゴミ以下を見る眼を受け入れる覚悟で身構えていたが、そのどちらも一向に飛んでこない。

「――――」

 それどころかリンカは、ボンッ! と頭から煙を吹き出すと顔を真っ赤にして、ピシャ! と戸を閉めた。

「あ……リンカ……ちゃ……ん」

 終わった……完全に終わった……何がとは言うまい……オレの社会的死とリンカの中での評価が完全に死亡してしまった……

「おいおい、鳳。混浴に逃げようとするとはな。お前にはガッカリだ」
「国尾さん……」
「……どうした?」

 項垂れるオレの肩に、ぽん、と優しく手をのせる国尾さん。

「オレは……終わったかもしれません……」
「……そうか。悩みがあるならサウナで聞くぞ」
「はい……」

 サウナで国尾さんに話を聞いてもらった。
 意外な事に変なことはされず、兄貴分な立場で、うんうん、と共感するように頷いてくれた。





 リンカは男湯の扉を、ピシャ! と閉めると顔を伏せながら女湯の方へ早歩きに戻った。

「リンカさん?」
「どうしたッスか?」
「?」

 姫野、岩戸、樹の三人が軽くシャワーで身体を流している後ろをリンカは通り過ぎると、そのまま水風呂へ飛び込んだ。そのまま、頭までぶくぶくと沈める。

 見てしまった……見てしまった見てしまった見てしまった見てしまった見てしまった見てしまったぁぁぁ!!!
 興味がないわけではない。いつかはそう言う関係になることを望んでいたりもするが……どう考えてもまだ早い……そりゃキスはしましたよ! でも……でもね! 色々と心構えとか! 必要なんですよ! とにかく……い、いきなり! 段階がすっ飛んだ! 階段を転げ落ちたレベルだ! あまりにも衝撃過ぎる!

「うぐぐぐぅ……」

 誰に言っているのか、わからない程に脳内は困惑する。その膨大な情報処理に脳はフル回転し、ボシューと熱した鉄を冷やす様な音が出る。

「……海は平気だったのに」

 それでも、水風呂の冷却効果は偉大で、すぐに冷静になれた。リンカは水風呂に仰向けに浮かぶ。山二つ。

 別に彼の裸を見るのは始めてではない。海では水着だったけど、あれも裸のようなモノだ。
 しかし、今回は風呂場と言う事と彼は何も着ていなかったと言うシチュエーションが、ここまでの脳内処理を引き起こしているのだろう。

「あぁ……顔なんて会わせられない……」

 次に彼の顔を見て、なんと話して良いのか全く解らなかった。
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登場人物紹介

鳳健吾(おおとり けんご)。

社会人。26歳。リンカの隣の部屋に住む青年。

海外転勤から3年ぶりに日本に帰って来た。

所属は3課。

鮫島凜香(さめじま りんか)。

高校1年生。15歳。ケンゴにだけ口が悪い。

鮫島瀬奈(さめじま せな)

XX歳(詮索はタブー)。リンカの母親。ママさんチームの一人。

あらあらうふふなシングルマザーで巨乳。母性Max。酒好き。

谷高光(やたか ひかり)

高校1年生。15歳。リンカの幼馴染で小中高と同じ学校。雑誌モデルをやっている。

鬼灯未来(ほおずき みらい)

18歳。リンカの高校の先輩。三年生。

表情や声色の変わらない機械系女子。学校一の秀才であり授業を免除されるほどの才女。詩織の妹。

鬼灯詩織(ほおずき しおり)

30代。ケンゴの直接の先輩。

美人で、優しくて、巨乳。そして、あらゆる事を卒なくこなすスーパー才女。課のエース。

所属は3課。

七海恵(ななみ けい)

30代。1課課長。

ケンゴ達とは違う課の課長。男勝りで一人称は“俺”。蹴りでコンクリートを砕く実力者。

黒船正十郎(くろふね せいじゅうろう)。

30代。ケンゴの勤務する会社の社長。

ふっはっは! が口癖で剛健な性格。声がデカイ。

轟甘奈(とどろき かんな)。

30代。社長秘書。

よく黒船に振り回されているが、締める時はきっちり締める。

ダイヤ・フォスター

25歳。ケンゴの海外赴任先の同僚。

手違いから住むところが無かったケンゴと3年間同棲した。四姉妹の長女。

流雲昌子(りゅううん しょうこ)。

21歳。雑誌の看板モデルをやっており、ストーカーの一件でケンゴと同棲する事になる。

淡々とした性格で、しっかりしているが無知な所がある。

サマー・ラインホルト

12歳。ハッカー組織『ハロウィンズ』の日本支部リーダー。わしっ娘

ビクトリア・ウッズ

30代。ハロウィンズのメンバーの一人で、サマーの護衛。

凄腕のカポエイリスタであり、レズ寄りのバイ。

白鷺綾(しらさぎ あや)

19歳。海外の貴族『白鷺家』の侯爵令嬢。ケンゴの許嫁。

音無歌恋(おとなし かれん)

34歳。ママさんチームの一人で、ダイキの母親。

シングルマザーでケンゴにとっては姉貴みたいな存在。

谷高影(やたか えい)

40代。ママさんチームの一人であり、ヒカリの母親。

自称『超芸術家』。アグレッシブ女子。人間音響兵器。

ケンゴがリンカに見せた神ノ木の里

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