第277話 官能夜
文字数 2,280文字
「すー……すー……」
健やかな寝息を立てるショウコさんにオレの脳は瞬時に覚醒状態へと移行する。
なん……と言う……ことだっ!
わざわざ布団を分けたにも関わらずにこちらに入る意味はナンデ? 寝相が悪いってレベルじゃねーぞ!
しかも、彼女は向かい合うようにオレに身を寄せて眠っている。
触れ合う身体から感じ取れる彼女の体温と柔らかさは、リンカと添い寝した時よりも距離が近い。
「くっ……うぅ……」
地獄に繋がれた獣が涎を垂らして残り僅かな鎖を引きちぎろうとしやがる。
いつの間にか理性ゲージは30%を切っていた。眠っている間に身体の方はだいぶ出来上がっており、油断すれば一気に襲いかかるであろう!
主に下半身とか……彼女を認識した時からギンギンになるチャンスを窺ってやがる! 抑えるのに必死ですよ!
「とにかく……隣の布団に……」
脳の処理は獣を抑えるので一杯一杯なので、思ったことは出来るだけ口に出して負荷を減らす。
「ショウコさんを起こさない様に動かないと……」
高難易度なミッションだが……オレなら無事にやり遂げられるハズだ!
「……あっ」
感じた様な彼女の声に理性ゲージが10%消し飛ぶ。残り20%。
もそっと足を動かした時に、不覚にも彼女に当たった。掛け布団で身体がどうなっているのか目視出来なかった事が失敗だったらしい。
彼女もオレに絡まるように身を寄せていて……膝が当たった様だ。
「か……考えるなぁ……考えるなよぉ……オレ……」
ふーふー、と呼吸を整える。よし……少しは落ち着いてきたな。取りあえず、全身を少し動かしてみるか……
どの様な絡み方をしているのか把握しなければならない。
まずは身体を動かす……
「……くっ……駄目か……」
それなりに関節を抑えられているか、抜け出すには相当な力が必要だ。
ならばプランB。目視で状況を確認して、手で一つ一つ外す。
「夜目は効くな。よし、布団を捲って――」
捲ったら即座にお胸様が現れた。あの時、外しかけたままでボタンを直してない。
布団の中に籠った彼女の匂いも直接受け、嗅覚と視覚の両方からゲージを削りに来た。
しまっ!? ぐぉあ!?
理性ゲージ残り10%。警告。これ以上の現象は非常に危険です。直ちに自家発電をしてください。
うるせぇ! 解ってんだよ!
最早、一刻の猶予もない。彼女と絡まってるだけで理性ゲージは消耗をしていく。
獣になるまで秒読み状態。息を止めて、ショウコさんとの絡みを外す事に集中しろ……
「――」
その時、ショウコさんが動いた。起きたわけではない。いや……結果としては起きてくれた方が良かっただろう。何故なら――
「うぉっふ!?」
オレの頭を抱き締めて自分の胸に埋めたからである。
あ……これは……ふわふわで……暖かぁい……
神の恵みに顔を押し付けられて、理性ゲージが完全消滅。
視覚、嗅覚、触覚を彼女に侵食され、これからはオレに変わって心から飛び出す魔物が、味覚と聴覚も味わう事になるだろう。
ごめん、みんな……オレはもうダメだ。
このふわふわには抗えない……だって気持ちいいんだもん……もう……ゴールしてもいいよね……
次に正気を取り戻した時は……檻の中か……社会的に死亡した時か……とにかく……終わりです。オレの人生――
「――えして」
その時、性獣の中に一筋の光が宿る。それを宿らせたのはショウコさんの声だった。
おっぱいに塞がれた視界を何とか上に向けると、オレを抱える様に彼女は泣いていた。
「おうちに……かえして……」
その声は覚えがある。彼女がこの部屋で、心の苦しみを吐き出した時と同じ
「……くっ」
オレは何とかしようとするが思いのほか、おっぱいロックは極っている。手をじたばたするだけで何も出来そうになかった。仕方ない……
「ショウコさん」
「……」
「ショウコさん! 起きて!」
少し声を張り上げると流石に目を開けた。
ヌイグルの様に抱き締めるオレが見てくるのはある種のホラーだろう。
「……ケン……ゴ……さん?」
「ロックを外し――」
と、オレが言いきる前にショウコさんはロックを外して弾ける様に起き上がる。そして、
「! 無い!? どこ!? どこに――」
上半身を起こした状態で彼女は慌てた様に自身の髪を触ると、次に辺りを探し始める。
初めて見る焦った彼女。オレは悪夢と現実が混合していると考えて、落ち着かせる為に手首を取った。
「ショウコさん。落ち着いて」
「あ……」
と、彼女は何かに気づいた様に、オレが取った手首を見た。
その様子にオレは手を離すと、彼女は手首に巻いた赤紐を抱える様に大切に寄せる。
「ふぅ……ふぅ……」
「ショウコさん?」
「ふぅ……すまない。取り乱した」
赤紐を抱えて最後に大きく呼吸を整えた彼女はいつもの様子でそう答えた。
「ああ。それじゃ商談は成立だな」
『互いに善き取引だった、Mr.オミナエ。これで、アレは君の物だ。好きにしたまえ』
彼は電話を切った。
永かった……ようやく全ての準備は整った。
かつては、らしくもなく衝動的に動いてしまい、彼女を大いに混乱させてしまった。
泣いてしまった彼女は自らが陰る場所に居ると認識するには幼すぎたのだ。
時を置けば……腐臭に染まってしまうリスクはあったものの必要な事だった。
17年前は互いに準備不足。しかし、この17年間……彼女の光は全く陰る事はなく、寧ろ増しているように見える。
だから、この吐き溜の様な世界にも耐えられたのだ。
「あぁ……私だ。この連絡の意味はわかるな?」
彼女を――私の“光”を……迎えに行く。