第29話 ほっほう!
文字数 2,408文字
彼は会社でも4課所属の人間で、よく他の課にも顔を出している。
ガタイの良い身体つきは、本人曰く生まれつきだそうだが、何もせずにこんなガチムチになるかよ、とオレは疑いの眼を向けている。
それでも気の良い人で、社内では特に女子社員に人気がある。確かによく見ると整った顔立ちをしており、体格や弁護士と言う身分からも頼りなる印象があるだろう。
「ほっほう! 何をパシャパシャしてるのかと思ったが雑誌の撮影か。いいね!」
「そ、そっすか……」
国尾さんはオレの隣に立ってリンカの撮影を見て笑っていた。
「そ、それよりも国尾さん」
「ん~?」
「なんで半裸なんですか?」
頭にグラサンを乗せて、上半身半裸な国尾さん。いくら大自然は開放的になると言っても、これはヤベーだろ。
「これでも着てる方だよ。さっきまでは下も脱いでたからな」
どうやらオレらの来る気配を感じ取り、履いたらしい。獣並みの勘を持つ国尾さん。その思考も獣ではなく人類であって欲しい。
「それよりも、鳳。その手はどうした?」
「あ、ちょっと蜂に刺されまして」
「いかんぞ~。デスクワークは手が命だからな」
何気なく肩を組んでくる国尾さん。今の会話の流れで何故寄ってくる……?
「鬼灯の姉貴もお前の事は特に気にかけてるからな。あんまり姉貴の悩みの種になるなよ」
「は、はい」
距離が無茶苦茶近いんだよな、この人。
「国尾さん」
と、哲章さんが話しかけてくれてオレは、そっと国尾さんから離れる。
「私も休暇だ。それにここは公共の場ではないし、個人の意思は尊重したいと思ってる。しかし、せめて上着は着てくれないかな? 年頃の娘もいる事だし」
哲章さんの言葉に国尾さんは何故か眼を点にしている。あれはどういう解釈の表情だ? オレは哲章さんの陰に逃げて成り行きを見守った。
「はっはっは! 参ったなぁ! 参った参った!」
参ったなぁ~、と言いながら国尾さんは自分のテントへ入って行くと、ごそごそとしだした。そして、川釣り用のレザーウェア(浮き袋にもなるやつ)だけを地肌に来て、電話ボックスで着替えたスーパーマンの如く出てくる。
「大自然は良い。本当の自分を成れる」
と、イケメンムーブでそんなことを言う国尾さん。タイミング良く風も流れ、女子なら心が射止められるだろう。変態的な姿だが。
「う……うむ。まぁ、他の人に迷惑がかからないのなら……」
「ありがとう! 所で貴方は何者かな?」
国尾さんは哲章さんの素性が気になった様だ。
「法の番人をやっている。警視だ」
「うほ。いつもお世話になっておりまーす!」
何の世話だろう……。まぁ、国尾さんは弁護士なのでヤバい線引きは出来てるハズ……だよね?
じゃ、オレは釣りに戻るわ、と国尾さんは、ぴっ、と敬礼をして歩いて行った。
「ケンゴ君。彼は――」
「うちの会社の4課の人です」
警察界隈でも4課は有名らしいが、哲章さんはずっと理解が追い付かない様子だった。
国尾さんは法と欲望の狭間に生きてる人だからなぁ。会社の男(課長クラスと既婚者を除く) はもれなく彼にケツを狙われている。
薄暗くなり、本日の撮影は終了した。
昼間が永くなった時期とは言え夜の山は危険である事には変わりない。
西城さんを含む、スタッフは撤収し自社に今日撮影した写真を持って社長と打ち合わせをするのだとか。
それ次第で追加が必要か決めるとのこと。
「もし必要なくてもバイト代は二日分出るわぁん」
そう言って西城さん達は帰って行った。
オレ達は一応待機の意味合いで、コテージに一泊する。オレと哲章さんが居るし、防犯の意味としては問題ないだろう。
問題があるとすれば国尾さんだが……狙うとすればオレだけだし、哲章さんも居るし外に出なければ大丈夫だろう……うん。
「ヒカリ、その剥き方危ない」
「だって怖いじゃない。リンの剥き方」
今、オレは哲章さんとコテージのリビングでテレビを見ている。片手が使えないので、夜ご飯の用意はリンカとヒカリちゃんがやってくれていた。
「ヒカリも大きくなったなぁ」
愛娘の手料理に、うっ、と涙ぐむ哲章さん。ちなみに献立はオレの状態を考慮してのカレーである。
比較的に失敗の少ない料理だし、リンカも居るので変な失敗は無いだろう。
「ケンゴ君、今日はお疲れ様だった」
そう言って哲章さんは冷蔵庫から烏龍茶を渡してくる。オレはどうも、と受け取り片手で缶を開けた。
「昔から仕事柄、娘には構ってあげられないんだ」
「仕方ないですよ。でも、哲章さんのおかげで救われている人は大勢居ると思います」
「警察官としては、それで良いのかもしれん。だが、父親としては良くはないだろう」
哲章さんは一度もヒカリちゃんの授業参観や、学校行事に行けてないと口惜しそうに言う。
「あの娘や家内には何不自由無く生活させてあげたい。だが、そうするには働かなくては。しかし働けば働くだけ、家族が遠ざかる。家族の事を思っていてもね」
嫌な矛盾だ、と哲章さんはオレを見る。
「ケンゴ君。君とリンカちゃんが居てくれたおかげでヒカリは寂しくなかっただろう。本当にありがとう」
「誰でも同じですよ」
オレは楽しそうに料理をしている二人を見る。
「誰も特別じゃない。たまたま、リンカちゃんとヒカリちゃんが出会って、そこにたまたまオレが居て、たまたま、貴方が構ってあげられなかった」
「……そうかな」
「はい。誰がその場に居ても皆、同じ選択を選ぶと思います」
“ぱぱー、みてー。ぱぱとままとリンちゃんとケン兄ちゃん!”
いつも構ってやれないのに娘は全く寂しそうでなかった。その事に申し訳なさとその心を満たしてくれる者たちへの感謝があった。
「ケンゴ君。これからも娘を頼む」
「年頃の娘さんは一人じゃ大変です。なので、哲章さんも手伝ってください」
「――君は良い男だな」
向けられたその眼にオレは、父さんに誉められた様な気がして少しだけ嬉しくなった。