第213話 全部“世界”が悪い
文字数 1,748文字
「ほう」
「セナさん――あ、リンカちゃんのお母さんなんですけど……彼女の家、母子家庭でいつもセナさんの仕事が忙しかったんです。それで、リンカちゃん。その日はたまたま鍵を家の中に忘れて扉の前に座ってて……」
「ふむ」
「オレは一人っ子ですけど……育った所が田舎でなんです。だから年下の面倒は歳の近い年長者の役目で、小さい子の扱いには慣れてたんです」
「そんな気はしてた」
「だからほっとけなくて……それで忙しいセナさんの代わりに面倒を見てあげて、それで、“おにいちゃん”って気さくに呼ばれる様になったんですよ。オレもリンカちゃんの事を妹みたいに思ってて……」
「それでそれで?」
「それで、オレ転勤があったじゃないですか? 転勤前はリンカちゃんも中学生になって、家事なんかも一通り出来るようになったからオレは安心して海外に行ったんです」
「ふーむ」
「それで、三年間ぶりに帰ってきたら……凄く口が悪くなってて。最初は思春期故の異性に対する反抗期だと思ってたんです。でも、少しずつ打ち解けて、関係も元に戻ってきたと思った矢先に……」
「……さっきのアレか」
「オレ……もう終わりです!」
サウナでケンゴの告白を真摯に腕を組んで聞いていた国尾は一度大きく頷く。
「鳳よ」
「はい……」
「全部“世界”が悪い」
そして、絶望に顔を伏せてタオルを頭から垂らすケンゴはそんな国尾の言葉に思わず顔を上げた。
「世界……が?」
「そうだ。今一度、冷静に考えてみろ。お前の悩み、その感情はどこから来る?」
「え……それは……オレの軽率な不甲斐なさが……」
「違う! もっと根本的な所だ!」
国尾は自身の強靭な胸板を、ドンッ!、と叩く。
「それは心だ」
「ここ……ろ?」
「そうだ。お前の“後悔”“苦悩”は全て心が引き起こす負の作用に過ぎん。では、それを構築する“心”とはなんだと思う?」
「それは……オレにはわかりません……」
国尾は全てを悟ったような目で遠く(サウナの壁)を見つめて語る。
「心とは、自らで作られるモノではない。育った環境、与えられる愛情、外的要因、それら全てが混ざり合い、自らの“心”となり自我を宿す。それがお前であり、俺たち人間なのだ!」
国尾の言葉は理解の及ばない解釈であるが、サウナの熱とリンカへの失態による精神のネガティブ度からケンゴにとっては得難い真理の様に聞こえる。
「俺たちの持つ“心”。それは、俺たちの以外の要因を持って形成された。つまり、悪いのは俺たちではなく……“世界”の方だ!」
「で、ですけど……国尾さん。オレは今までの出会いや生き方を否定する事は出来ません!」
「鳳よ、気づけ。そう言う考えも含めて全てお前の心の本質だ。その悩みも全部世界が悪い!」
「そ……そんな事を言ったら何でもアリになるじゃないですか!」
その言葉を待っていた、と言わんばかりに国尾は、フッ、と笑う。
「そうだ。世界は何でもアリだ。だから、お前が妹分の前で局部を晒そうとも、それも“アリ”なんだよ」
「そ、そんな事は――ハッ!」
そこでケンゴは気がつく。そう言う、自分の考え方も――
「そうか……そう思ってしまうのも全部“世界”が悪い……のか?」
「どうやらお前も解ってきた様だな」
ニッと笑う国尾は立ち上がるとサウナの扉に手を掛ける。
「今こそ、お前は大きな“鳳健吾”と成る時だ。野暮な俺は先に上がるぜ。悪いが国尾式エステはまた今度にしておく」
「国尾さん……」
「この領域に来た人間は俺の知る限り……六人だけだ。お前も超えて来いよ。人の高みへ」
そう言って国尾はサウナから出て行った。
「……」
「アレにはノーコメントですかい? 課長~」
「ふっはっは! 若い者達はいつもエネルギーに溢れていて、見ていて飽きないね!」
少し前に露天風呂から戻った黒船、真鍋、箕輪の三人はサウナに寄り、目の前で繰り広げられた、絶妙に何も解決していない国尾とケンゴのやり取りを傍観していた。
「それで、真鍋。全部“世界”が悪いと思うかい?」
「……私にそれを聞くんですか?」
「俺ぁ~とにかくビール飲みたいっす~」
「そろそろ良い感じな空腹感を得られたな! 上がろうか!」
「鳳ィ~。飯行くぞ~」
「あ、はい」
ケンゴも上がった。