第51話 シズカの秘密
文字数 2,127文字
「えっと……つまりシズカちゃんは……女装してるって事?」
「いや……そうじゃなくて」
「???」
嵐君は益々、理解不能の沼に沈んでいく。ダイキも中々答えが出ない様なので、オレから説明を入れた。
「『トランスジェンダー』って言葉を二人は知ってるかい?」
「トランス?」
「ジェンダー?」
一つの単語を二人で分けて発言する程に一般的には馴染みの無い言葉だ。
「身体と認識する性が不一致している人を表す言葉だ。簡単に言えばシズカは、身体は女の子だけど精神は男の子ってこと」
オレは二人にも解りやすい様にシズカの状況を教えてやった。シズカはオレの服を掴み、二人の反応を震えて待っている。
「えっと……あれッスか? 男避けの常套句みたいな」
「違う。マジの話だ」
「いや……でも――」
嵐君の視線にシズカは、ビクッと怯える。
トランスジェンダーであるかどうかは、本人の自己申告が主だ。物理的に証明する術は現在では存在しない。
「……先輩。ケン兄ちゃんはそんな嘘はつかないです」
ダイキは驚いた様だったが、昔からオレを知るからこそ、マジトーンでの説明から真実であると悟ってくれた。
「この話は君たちが思ってるよりもかなりデリケートな問題だ」
「なんでッスか?」
「生き方がガラリと変わる」
それは当人に周囲が期待すればする程、大きな崩壊を招く事実なのだ。
シズカがその違和感に気がついたのは、五歳の頃だった。
優れた容姿を持つシズカは家族で買い物に行き、好きな服を持ってくる様に言われて、
「シズ、これ
「? ウチのじゃ」
「シズは女の子ぞ。可愛えぇのはいくらでもあるわ」
「え……でも
「なんぞ、ケン坊にでも影響されたんか? じっさまの所には近づくな言うたやろ」
「いや……違……」
「シズ! これ着てみい! お前には似合うと思うのう」
「
その事は幼い身でありながら話すべきではない事だと悟った。
自分が女であることで、家族が円満に笑っている。シズカは家族が大好きだったし、悲しませたくも拒絶されたくもなかった。
「ゴ兄。ウチは変なのやろか?」
シズカは、親には行くなと言われていた山の母屋に住むケンゴの元へよく訪れていた。
「なんかあったんか?」
しかし、シズカは否定される事を恐れて中々、口に出せない。それを察したケンゴはシズカの頭に手を置く。
「ゴ兄?」
ケンゴはそのまま、無言でシズカの頭をわしゃわしゃすると髪の毛をめちゃくちゃにした。
「ちょ! ゴ兄! やめてや!」
「うはは! オレん前で隙を見せるとこうなるで!」
「――ぷっ、なんやそれ」
笑い出したシズカにケンゴは、嫌なら言わんくてええ、と隣に座った。
そんな彼の様子にシズカは秘密を話す決断をした。
「……ゴ兄、ウチな。おかしいねん」
男なのに身体は女である事。
その事を家族に言えない事。
ケンゴは黙って聞いていた。そして、
「まずいのう……」
「やっぱり……変か?」
「いや、それに釣り合う秘密をオレは持っとらん。いや、持っとるが……」
ケンゴは、よし、と意を決して、
「気にすんな、シズカ。オレの過去も教えてやっから、それでお互いに秘密を盾にし合おうぜ。ただしオレが喋ったって、じっさまには言うなよ? 口封じに埋められる」
どうやら、自分を安心させる為の交換材料を考えていたらしい。
「ゴ兄の秘密?」
「シズカの勇気にオレも応えるわ」
互いに、他に知られれば周囲からの価値観が変わるほどの秘密を暴露し合う。
それは一人で抱えるよりはずっと良い事だった。
その告白があったから、シズカは14歳まで己の秘密を内秘めて生きて行く事が出来た。
しかし、お見合いの話が出た事で、この事を話さなければ取り返しのつかない事になると悟ったのである。
「両親はシズカの事を女の子として育ててた。誰もが一度は振り返る程の容姿だ。解るだろう?」
万人の中に居ても、眼で追ってしまうしまう程のシズカの美貌は両親からしても期待するのは当然だ。
「けど、自分は男です。女物を着るのも、男と結婚する事も出来ません、なんて言われたら前と同じようには見れない」
「……」
シズカはケンゴの次に母親に秘密を告白した。
当初、母は何かの冗談かと思っていたが、それでも言葉を譲らないシズカと言い合いになり、酷く混乱しそのまま座り込んでしまった。
そんな母を見たシズカは荷物を纏めて逃げるように家を飛び出したのだ。
「シズカの家族は今、
それは誰かが口にしなければならない真実だ。もしかすれば今後はオレの元で面倒を見る必要があるかもしれない。
全部変わる。
シズカにとっては住む場所も、一緒に笑い会う家族も。
そして家族にとっては“娘”を失い、シズカをこれまでと同じようには接せない。
唯一の幸運だったのは、じっさまが居たことだ。あの人は絶対に家族を蔑ろにはしない。
「シズカちゃんは家に帰らないんッスか?」
と、次に嵐君から出た言葉は少しだけ意図を読みづらいモノだった。