第658話 困るんだよね、奥さん。万引きはさぁ
文字数 2,857文字
セナは、うまうま、と餌を食べるジャックを見ながら最近の自分に対するリンカの反応を思い返すと、軽く化粧をして財布と買い物鞄を肩にかけるとスーパーへと足を運んだ。
普段利用する店とは別の店。この時間帯は老人や中年の主婦層が転々とする店内。品出しをしている店員はいるが、客はまばらだ。
いつもならここで買うのは晩酌するお酒。しかしそれでは、やっぱり飲んでたね、と娘から呆れられる展開は母親としての威厳が下がる一方である。
ここ最近はそう言う事が多かったし……少しはこっちが胸を張って娘の帰りを出迎える事で、お母さん凄ーい! と抱き付かれる状況を作るのだ。
「すくすく成長してくれるならそれが一番だけどね~」
夕飯を作ってリンちゃんを待ちましょ~。ケンゴ君も誘って今日の事を聞かなきゃね~。
普段は行かないスーパーに冒険のつもりで何となく足を運び、調味料の棚を一通り確認する。
すると、期間限定! と書かれたテロップに眼を引かれて見てみると、
魚醤~? タイの調味料なのね~。期間限定って書いてあるし~。たまには違う味でも試して見るのも――
「こっちか……それともこっちか……」
すると、そんな言葉で悩む一人の老人を見つけた。彼は先ほどケンゴの部屋へ訪問してきた人物である。今は和菓子のコーナーで何を買うか悩んでいた。
「昔ながらか、最近の物か……アイツはどっちだったか――」
「こんにちは~」
「ん?」
話しかけられて老人はセナを見た。
「さっきの……」
「お悩みですか~?」
セナは近くの手に持っていた魚醤を近くの棚に仮置きする。
普段なら声をかける事はないのだが、老人は片腕でおまけにケンゴの知り合いと言う事もあって放って置けなかったのだ。
「古馴染に土産をな」
「御老会です~?」
「そんな所だ」
「でしたら、数を摘まめるモノがよろしいのでは~?」
「いや、菓子を食べて仲良く話す間柄じゃねぇ。最低限の義理で持っていくだけだ。だが、中途半端なモノはこっちの沽券に関わる」
どういう関係なのかしらね~?
セナは老人が土産を持っていく相手との関係はかなり複雑なのだと悟る。
「でしたら~ここは捻って――」
セナは和菓子ではなく、近くのバームクーヘンが小分けに入っている大袋を勧める。
「これも良いのでは~?」
「なるほど」
老人はセナの勧めるバームクーヘン(小分け大袋)をまじまじと眺める。
「手軽に小分けに食えるな。これにする。助かった」
「いえいえ~」
別方面での答えを得た老人は満足そうにバームクーヘン(小分け大袋)を片手に持ってセルフレジへ。
セナは何となくそれを見守っていたが、老人は案の定、店員はどこだ? と言う風に立ち往生している。
「セルフレジですよ~」
「ん? またアンタか」
「は~い。また私で~す」
老人から少し時代錯誤な雰囲気を感じたのでセルフレジの使い方を教えてあげた。
「袋は有料でして~。バーコードを~。袋を広げてその中に通した商品を入れると楽ですよ~」
老人は片腕なのでセナが一から十まで説明しつつやってあげた。
「……人件費削減か。浪費社会が淘汰される時代に入っている様だな」
「慣れれば手軽にぱぱっと行けるんで~私は好きですけどね~」
けど、あまりスーパーを利用しない人は中々困惑するだろう。
500円を投じてお釣りとレシートが出てくる。ほう、と納得しつつ老人はそれをポケットにねじ込んだ。
「これで終わりです~。簡単でしょ~?」
「ああ。助かった。次からは一人でやれそうだ」
「店によって色んなタイプがありますけど~概ね、今の流れでOKです~」
「すまんな。手間をかけた」
「いえいえ~」
「何か礼を……」
「お構い無く~。当然の事をしただけですので~」
「ワシの気が済まん」
「いいんですよ~。子供と御老人を労るのが若い世代の勤めですので~」
「…………そうか。なら、その心を貰っておこう」
少し帽子を持ち上げて会釈する老人にセナは笑顔で見送る。
老人が、ガー、と開く自動ドアを抜けたのを見届けて改めて魚醤を品定めしようとした時、
「あら~?」
ビー、と出入り口に配置されているセンサーが鳴った。
「困るんだよね、奥さん。万引きはさぁ」
「誤解です~。私、店内を出てませんよ~?」
セナはセンサーが鳴った事で駆けつけた店長に万引きを疑われた。そんな事はしてないと思っていたが、なんとバックの中から魚醤が出てきたのだ。
これにはセナもびっくりである。
「期間限定のモノを盗むとは中々に攻めたね」
「知りません~。確かに魚醤は見てましたけど~。それに~店内を出てないので万引きは成立してないと思います~」
その言葉に店長は、ダンッと机を叩く。明らかに威嚇する動きだが、セナは特に驚かない。
「成立する、しないじゃない! 盗った事! これが重要なんだ! 良いか、奥さん。奥さんが何と言おうと監視カメラや出入り口のセンサーは、アンタが万引きしたと証拠を残してる! こっちが通報すれば警察が来るよ!」
「監視カメラあるんですか~? 私がバッグに入れた所、映ってます~?」
「それは絶妙な死角になってて瞬間は映ってない。だが、魚醤を持ってカメラの死角に行っただろう!?」
「店長!」
「おお、どうだった?」
すると、何かを調べていた店員が事務所にやって来た。
「魚醤は1本減ってました!」
「あ、和菓子のコーナーの棚に1本置いてませんか~? そこに仮置きしました~」
老人を助けた際に何気なく近くの棚に置いた事を伝える。
「……あったか?」
「……ないっす」
ちょっと間のあるアイコンタクトにセナ違和感を覚えたが、店長と店員は勝ち誇った様に言う。
「これは決定的だねぇ。どうするの? 奥さん」
「どうもしません~。何もやってないので帰ります~」
「いやいや、そんなワケには行かないよ? 盗んだ事に代わりないからね。この事を旦那さんや家族に知れたらどう思う? 警察の世話になったってだけで近所で後ろめたく見られるかもしれないよ?」
「こっちの事なのでお構い無く~」
「アンタの為に言ってるんだ!」
店長は再び、バンッ! と机を叩く。セナは相変わらず平然としている。
「反省の色がないとなると、こっちも数ある証拠品を持って警察に対応して貰わないとな」
「それは~少し横暴じゃなくては~?」
「嫌なら……まぁ、誠意次第では解らんでもない」
「そうっすね」
そこでセナはようやく店長と店員のも目的を理解した。
タクシーの運転手をやっていると、時折、そう言うこと目当てでいちゃもんをつけてくる客は居る。この店長と店員の目はそう言う目だ。
う~ん。久しぶりに来たわね~。このパターン。さて……哲章君に連絡しようかしら~
彼にも仕事がある。不本意だが、セナは持ってるカードを切ろうとすると。
「おい、じゃまするぞ」
事務所の扉が開いて片腕の老人が入って来た。