第663話 また心臓が止まるかと思ったよ
文字数 2,106文字
「つい最近、心臓の手術を受けるまで管で繋がれたヤツが何言ってやがる。油断するな」
黒金陣営のSPの一人であり、かつて『国選処刑人』に招集された灰崎は病院で検査を受ける妹へ付き添っていた。
黒金佑真による流雲昌子拉致の一件にて、敗北した彼は、お節介なマッスラーに諭されて家族に会うことに決めた。
『国選処刑人』として二度と表舞台に立たない代わりに、妹に必要な膨大な医療費の工面を国へ願い出ており、手術が無事成功した事だけは聞いていた。
公式では死亡扱い。しかし『国選処刑人』としての活動が始まる前に部隊は壊滅した事もあり、黒金の配慮で“行方不明”に留まっていたのである。
“家族に会いたい? ハハ、構わないよ。君たちは行方不明扱いにされている。医療費? あの件は森総理が、資金を横領して回収出来なかった、と言う事になっているから気にしなくていいさ。『神島』が君たちを生かした事には意味があると思いたいよ”
「それにしてもさ、本当にびっくりしたんだから。先生が死んだハズの兄さんが帰ってきたって言った時はまた心臓が止まるかと思ったよ。しかも眼帯つけてるし」
「俺も色々あってな」
本当に色々あった。“神島”に嵐童隊長を殺されて部隊は壊滅。片眼を潰された時は何のために決意したのか大きく揺らいだ。
その後、黒金さんに拾ってもらって遠くから妹の事を見守るつもりだったが――
「本当に人生は何があるのかわからんぞ」
「片眼になった兄さんが言うと説得力が凄いよ」
病院で闘病生活をしていた妹はただ一人の家族だ。今は黒金さんの所で要人警護の仕事をしていると誇らしく伝えている。
「あ、ほらユニコ君居た。全然見ないと思ったら休憩中だったのかなぁ?」
と、出口付近に差し掛かってようやくユニコ君を見つけた妹は楽しそうに指差すと、ユニコ君~、と駆けていく。
駅のタクシー乗り場へ向かう灰崎兄妹はユニコ君の商店街を突っ切るルートを歩いていた。二人が帰るのは最近借りたセキュリティもしっかりしたマンションである。
10才の頃から18才まで、ずっと病室から出れなかった妹がようやく自分の足で世界を見れる様になり、それを近くで見守っていける。
あの一件で、大見さんに出会ってなかったらこうして妹と笑い合えなかっただろう。
「……最強の家族……か」
確か、大見さんは『ライトマッスル』と言うジムに居ると白山が言ってたな。今度、会えるように席を頼んでみるか。
昌子誘拐事件以降、実行員となった五人は各々で表社会に触れる様に踏み出していた。
「兄さん、写真撮って撮って」
と、妹は最近買ってあげたスマホで写真を撮るように催促してくる。
「デケーな」
現在、妹と並ぶユニコ君は自分よりも頭二つ分大きい。まるで小山の様な雰囲気を受けるが、威圧感は全く感じない。
カシャ、と二枚ほど撮ってあげると妹にスマホを返した。
「うわー、なんか遠近感おかしいよね」
「まぁ、何か大きいユニコ君な気はするが」
SNSに上げよー、と妹はその場でまだ慣れない投稿を始めた。道の端に行くぞ、と大通りの交通を邪魔しない様に隅へ誘導する――
「ユニコ」
「え?」
後ろからユニコ君に肩に軽く、ポン、とされた。灰崎は思わず振り替えるとユニコ君は、グッ、と親指を立てて子供達へ愛想を振り撒きに戻る。
「……アンタだったのか」
ユニコ君の中に居る人間が誰なのか理解した灰崎は今一度心の中で、ありがとう、と告げた。
「兄さん。ツイッターに上手く上げられないんだけど……」
「どれ、見せてみろ」
まだまだ、近代文明に明るくない妹を助けるつもりで改めて写真を見る。
「――――」
「? 兄さん?」
思わず眼を疑った。写真を撮った時はユニコ君と妹に注目して気づかなかったが、この端に写っているのは――
部隊が壊滅した雨の日の夜。闇の中から鋭く現れた刃はこの片眼を永遠に暗転させた。
その時に現れた……『国選処刑人』――
バカな……なぜ……ここに居る!?
商店街の入り口に止まったタクシーから降りる、神島譲治の姿だった。
「揺れを殆んど感じない、良い運転だった」
「ありがとうございます。お釣りです」
目的地であるユニコ君の商店街へ到着したタクシーにて、支払いをするジョージの称賛に沖合は素直に応えた。
セナは片腕のジョージを考慮して彼の荷物も持って手を貸す為に先に降りていた。
「すみません、一つ聞いても良いですか?」
「何だ?」
「その……鮫島主任とはどんな関係で?」
「行きずりで出会った相手だ。話に聞き耳を立てていたのなら大体察しているだろう?」
「え? まぁ……確認ってことで……」
「もしも、セナを娶るつもりなら道は険しいぞ」
「え? あ……はい」
僅かな会話から沖合のセナに対する感情を読み取ったジョージは、片想いは苦労すると微笑んだ。
「ジョーさん~手を貸しますよ~」
「すまんな」
ジョージはセナの手を借りてタクシーを降りる。
「沖合君~お仕事、頑張ってね~」
「はい」
何にせよ、主任の情報を知れたのは得難い収穫だった。同席していた老人に何か釘を刺された気もするが……