第635話 でも、君は無理だね
文字数 2,040文字
「やぁ」
リンカへの告白を終えた大宮司は、『制服喫茶』に戻る廊下で、前から歩いてきた本郷に声をかけられた。
「その雰囲気は、どうやら終わったみたいだね」
全てを悟った様に本郷は告げる。やはり……
「全部、お前の気づかいか?」
「一体なんの事だい? 僕は君に鮫島君を助ける様に“提案”をしただけで全知全能の神様じゃない。君と彼女がどの様な経緯を得て、二人きりになったのかは検討もつかないよ。ただ――」
本郷は少し悲しそうに微笑むと、
「君にとっては残念な結末だった事だけは察せるかな」
「……普通は察しても暗黙しておくモノじゃないのか?」
「君はそんなに弱くないからね。でも、溜め込むと爆発するタイプだ。行き場の無い感情は是非とも僕にぶつけてくれたまえよ」
三年生になってから本郷との会話の機会は明らかに減っていたが、その前からはそれなりに多かったのだ。
一度も一緒のクラスになった事はない同級生にも関わらず、何かと話しやすい空気を作るのは彼女独特の雰囲気なのだろう。
「……実はな――」
と、話し出そうとした所で本郷は窓側に寄ると大宮司を手招きする。
「道の邪魔になってるよ?」
「……」
ただならぬ雰囲気にどう話しかけたモノかと、後ろで塞き止めを食らっていた二人の女子生徒に、すまん、と道を開けて本郷の側に寄った。
それなりに多い人通り。窓辺で話す方が聞かれづらいだろう。
「さぁ、包み隠さず僕に感情をぶつけたまえ。抱き締めてあげようか?」
「……良くもまぁ……告白が玉砕したヤツの傷に塩を塗ろうとするモンだ」
会話の流れから失敗だった事を本郷は察しているだろう。
「君はその程度ではビクともしないだろう?」
「やれやれ」
そんな本郷に呆れつつも、リンカへの告白にて、ようやくわかった己の心境を話し出す。
「実はな。あんまり悲壮感は無いんだ」
「それはおかしな事だね。君は鮫島君の事を好きだったんだろう?」
「ああ」
本郷の言う通り俺は鮫島が好きだった。
彼女を助けたあの時から、彼女から目を離すことを躊躇う様になっていたのだ。
しかし……それは――
「年上のお節介だった」
それが答えだった。俺は鮫島に対して恋をしていたんじゃない。彼女を護るべき対象として認識していたんだ。
それは、弟に向ける感情と同じ。目を離すと何処かへ消えてしまいそうな危うさを放っておけなかった。
「それをずっと、彼女に恋しているんだと勘違いしていた」
鳳さんに対抗意識が出たのは、彼に彼女が護れるのか不安だったからだ。理由は……まぁ、言わずもがな。得体の知れ無さも相まって警戒してしまったが――
「どうやら、俺の役目は最初から必要無かったらしい」
初めから彼女の気持ちは鳳さんに向いていた。それは、俺なんかじゃ想像もつかない様な絆の果てに出来た、他者が割り込む事の出来ない繋がりなのだろう。
「俺は、鮫島の縁に入れただけでも彼女を助けて良かったと思えるよ」
彼女への告白とその結末に後悔はない。
ずっと心に抱えていたモヤが晴れた気分だ。同時に、鮫島に気をかける必要も無くなって淋しさも覚えるが……その内馴れてくるだろう。
「やれやれ。聞いていてこっちが恥ずかしくなるくらいのキメ顔だね」
「……お前が語れって言ったんだろ」
「君は自分を良く知っているつもりで周りと距離を取る癖がある。心から感情をぶつけられる友達は居るのかい?」
「一人な」
咄嗟に
「七海君の事だね。彼は軽薄そうな見た目をしているが、その心も中々に軽薄だ。何人も彼女を取っ替えてると聞くよ?」
「……結果から見ればあながち間違ってはいないが……」
本郷が興味本位で道場にやって来た時に親友とは顔を合わせている。
まぁ、ノリからすれば本郷は“苦手”な部類に入る女子だったらしく、あまり進んで顔は合わせたくないと後に言われた。
「僕は彼みたいな人間像は嫌いじゃない。寧ろ、コントロールしやすい部類と言えるだろうね。何か弱点を持つ人間は実に扱いやすい」
「さらっと怖いことを言うなよ……」
本郷は本当に何人かの人間を裏でコントロールしてそうだからな……
「でも、君は無理だね」
と、本郷は窓辺に身体を預けながら覗き込む様に首を傾げてこちらを見る。
「理由を聞いても良いのか?」
「もちろん。至極簡単な事さ」
本郷は微笑みながら嬉しそうに告げる。
「君が僕にとって、いつまでも変わらない“大宮司亮”だから、だよ」
「……それは答えになってるのか?」
「まぁね。君に解るように補足を入れると――」
その時、ふわっと秋風が二人を撫でる。
「人は“とある感情”を外から向けられてもソレに気づくために幾つもの
「…………すまん。全く解らない」
「ふふ。君はそうじゃないと困る。その内、僕から答えを教えるよ」
そう言う本郷の顔は少しだけ赤かった気がしたが、少しオレンジがかってきた太陽の光加減のせいだろう。