第614話 チワワも同然と言うワケね
文字数 2,070文字
帰陣したサマーちゃんは腰に手を当てて誇らしげにギザっ歯を見せてVピースをしてくる。
「サマーちゃんって本当に初心者?」
草苅君はカバディ部の三年生だ。カバディキャリアはオレらよりもずっと高く、素人では手も足も出ないハズ。
しかも、サマーちゃんは体格ではふた回りも劣る。
「甘いのぅ、フェニックスよ。わしが何のためにギザっ歯を着けておると思っておる?」
「え? 確か……自衛のため……だっけ?」
「うむ。しかし、わしの体格では掴まれれば逃げるのは絶望的。故に小柄な体躯を生かした回避術を己で試行錯誤しておるのじゃ!」
「さっきの動きもその一環?」
「今のはアイソレーションと言う身体の動きじゃ。身体の部位を個々で独立して動かす事で重心を誤魔化す事が出来る。主にダンサーやスポーツ選手が使っておる動きじゃな」
端から見てたら草苅君が読みを外して、横を抜けるサマーちゃんを咄嗟に掴んだ様にしか見えなかった。
しかし、実のところは高度な駆け引きが行われていた様だ。
「しかし、アイソレに反応するとは。高校生にしては、かなりやる。次は通じん事を考えておかなくてはな」
カバディを調べていた時に格闘技に近いスポーツであると度々出てきた。誇張かと思っていたけど……こんな狭いコートの中で“鬼ごっこ”をするのだ。読みの一つでも持っていないと点を取る事すら出来ないと言う事か。
知れば知るほど、とんでもないスポーツだぜ。滾る!
「レイド始めますよー」
草苅君が話し込むオレらにそう告げてくる。
次はこちらが守備。相手レイダーを帰陣させなければ1点だ。
「フェニックスよ。問題はここじゃ。レイドに関してはある程度はやれる。しかし、守備は別のスキルが必要になる」
「それはさっきのでわかってるよ」
連携力。オレとサマーちゃんが息を合わせなければ守備で点は無い。
「そこでじゃ。簡単じゃが作戦がある」
草苅は楽しそうにケンゴにVピースを作るサマーの背を見ていた。
それが一対多数カ。バディの基本的な守備だ。しかし、このミニゲームは一対一が主になる故に有利なのは経験と体格の勝る方――と言うのが草苅の認識だった。
「流石に小学生を正面から倒すのは気が引けたか?」
審判をする紫月はジョークを言うように草苅に尋ねる。
「それもあった。なるべく怪我をさせないようにってね」
「お前はエンジンがかかり辛いからな。けどそれを差し引いても、年下で小柄で女子にボーナス踏まれて帰陣されたなんて、監督が見てたら何て言うと思う?」
「はは、って笑うんじゃない?」
「その後、倒れるまで地獄の
次は草苅のレイド。ケンゴとサマーが準備を終えた様子を見てから呼吸を一度整える。
「レイド始めますよー」
一度負けないと、エンジンが入らないのは俺の性分だな……
「カバディ」
それでも、笑ってしまうのはここから楽しめると思えるからだ。
「カバディ」
様になるキャントと共に草苅君がオレらの陣地に入ってくる。
サマーちゃんはボーナスラインまで下がって正面から草苅君を捉え、オレは、すすす……と背後に回る。
草苅君がボークラインを踏んだ瞬間に前後から抑える。人は地に足を着けなければ走れない。故にキャッチする所は足だとサマーちゃんに助言を貰った。
我らが『ハロウィンズ』リーダーの助言だ活用する事がメンバーの義務である。
「カバディ」
草苅君のキャントだけが場に響く。
張りつめる緊張感。それは達人が居合を構えた状態に近い。刃が抜き放たれるのは彼がボークラインを踏んだ時だ。
「カバディ」
この妙な緊張感を草苅君も感じているハズ。しかし、馴れている様に彼の動きに乱れは無い。
それもそうか。彼はオレらのような素人とは違い、ガチプレイヤーの
「カバディ」
しかし、それは間違いだ。君の背後を取っているオレはチワワじゃなくてもっと怖いモノさ。さっきは、ズザー、したがオレは本番に強い男。それにサマーちゃんの手前、二度と同じ不覚は取らねぇ!
「カバディ」
チリチリと空気がヒリつく。固唾を飲みそうな場面。草苅君のキャント。そして――
「カバディ」
彼の足がボークラインを踏む。その瞬間、張りつめた空気が弾け、居合が抜き放たれた。
「な――」
「にぃ!?」
サマーちゃんが反応し、オレは驚く。
何故なら草苅君は後ろへ逃げるのではなく、サマーちゃんへタッチしようと向かって行ったからだ。
「カバディ」
更に陣地の奥へ!? しかもサマーちゃんに近づくのは彼女によるキャッチの成功率が上がる。
草苅君にとっては不利でしかない行動。しかし、意味はあるハズだ。
彼は間違いなく帰陣までのプランを立てている。対するオレらはアドリブでその意図を読みきらなければならない。