第323話 人気者なショウコさん

文字数 3,325文字

 ドンッ!
 と、リアルに響く蓮斗の一撃を国尾はガードせずに胸板で受けた。
 しかし、衝撃を殺しきれず、その体躯は後ろに滑る。

「ほっほう……」
「スゲーなアンタ。俺の拳を正面から受けて耐えたヤツは初めてだぜ」
「俺も初めての経験サ」

 言葉通りに国尾も初めてだった。
 蓮斗の攻撃は技量の欠片もない大振りなパンチ。素人である事は明白で単純な力による一撃だったものの、大きく動かされたのだ。

「どう言うことだい?」
「あん?」
「君の身体からはマッスルを見て取れない。服の下は引き締まっているのは分かるが……それ故にここまでのパワーは物理的な辻褄が合わないねぇ」
「俺様は生まれつき、他とは違うらしくてな。詳しい事はわかんねぇが、身体の密度ってヤツが他の奴よりも高いらしい」
「ほっ……聞いたことがあるな」

 世界には生まれながらに突然変異する生物が多々存在する。それは人間も例外ではない。

「どうやら、俺様は64だったか65倍? まぁどっちでもいい。そんくらい身体の密度が高いらしくてなぁ」

 蓮斗は近くの石を拾うと握る。ビギバキと摩れる音が響くとパラパラと細かく砕けた破片を国尾に見せた。

「ほんの少し力を入れるだけでこの有り様だ。昔は力の加減を把握するのに苦労したぜ。毎回、コップやら箸を握り潰してたからなぁ」
「ほっほう……」

 国尾は立場上、人を殴る事はしない。特に今はON。弁護士としては受け続けて時間を稼ぐのが鉄板だ。
 しかし、それは持ち前の耐久値を突破されなくて初めて機能する方法。今回の相手は――

「悪いな兄ちゃん。嬢ちゃんは無事に帰すからよ」
「信用できないねぇ」

 拳は迷っているが、それでもやり遂げる意志がこのマッスルを動かしている……か。

「鳳よ。急げ」

 蓮斗が更に仕掛けてくる。





「国尾さん? まさか……抑えられているのか!?」

 嘘だろ。あの人を抑え込める人類が……まぁ居るとは思うけど、日本にはそう居ないハズだ。

「いくら鍛えようと生身の人間じゃアイツには勝てねぇよ」

 舌打ち男はラフな服装だが、纏う雰囲気は只者じゃない。いや……少しだけ覚えがある気がする。

「なぁ、提案なんだがいいか?」
「……なんだ?」

 男からの提案にオレは乗る。時間を稼ぐのはこちらに有利だ。

「ここは見逃してくれないか? 後でそれなりの謝礼はするからよ」
「……何もしてないのにお礼をくれるのか?」

 誰が信用すると言うのだろうか。そもそも、話の趣旨が大きくブレている。

「こっちも仕事でね。余計な被害は火消しが面倒なんだ」
「……オレも仕事でね。彼女はストーカー被害に合ってて身元を預かってるんだ」
「ストーカー……だと?」

 男は何かに気づいた様子で額に手を当ててため息を吐く。どうやら当人も乗り気では無いようだ。

「なら、交渉は無駄か」

 しかし、心を入れ替えるまでは行かなかったらしい。オレを無力化する為に向かってくる。

「簡単には行かないぜ?」

 とにかく組み付いて時間を稼ぐ。バンの中にはまだ三人いるが、更に騒ぎが大きくなればご近所さんが通報するだろう。

「悪いな」

 その時、男との間合いが消失し、腕を掴まれていた。

 無拍子!? 殆んど読み取れなかった!? 
 しかし、ここから何を仕掛けてくるにしても泥臭く組み付いてやるぞ!

「――――」

 ふと、オレは足場が消えた感覚を覚えて片膝を着いていた。これは『地崩し』――
 そして、覆い被さる様にフロントチョークの縄が首に回ってくる。やべ!!

「やるな」

 締まる寸前で空いている腕を差し込み、極るのを阻止。男はフロントチョークが決まらないと悟ると即座に手を離す。

 馬鹿な。『古式』だと……この男は一体何者……

“馬鹿なヤツが真似をしてワシの代わりを作ろうとしたらしい”

 もしも、外で無名のヤツが『古式』を使うのならその可能性が高く。そいつの所属する組織は――

「まさか政――」

 オレは何がショウコさんを狙っているのか一瞬、考えた隙を狙われた。
 男は身構えるオレに無拍子で接近。片腕でオレの腕を固定するともう片手を胸に添える。そして、

「ふっ!」

 と息を吐き威力を走らせた。突き抜ける衝撃にオレは、かっは……と息を出す。
 これは……『空気打ち』……肺活が――

「一時間くらいで元に戻る」
「くっかっは……」

 オレはその場で四つん這いになり、極端に動きの悪くなった肺で必死に息を整える。
 『空気打ち』を完璧に決められた。くそ……動けない……

「……お前、どっかで会った事があるか?」

 オレが男に出来るのは目線を合わせる事だけだ。言葉も発する余裕もない。
 その時、塀から飛ぶ様にジャックが男へ襲いかかった。

「! ジャック!」
「ふん」

 しかし男は容易く、その襲撃を弾くと、ジャックは着地の姿勢を取れずに地面へ身体から落ちる。

「くっ……そ……」

 横たわって動かないジャック。後の望みは国尾さんだけ――

 ゴッォォ!!
 とアパートの塀に何かがぶつかる音が響く。

「あっちも終わったな」

 そう言って男はバンの助手席に乗り込んだ。





「効くぅぅ……」
「なんてヤロウだ」

 蓮斗は塀に座り込みようやく大人しくなった国尾に対して、人生で初めて苦戦した。
 相手がまったく手を出さなかった事もあるが、それ以上に迷いが拳を鈍らせたのである。
 しかし、それを差し引いても国尾には蓮斗の攻撃を耐えきれなかった。

「行くぞ」
「……へい」

 青野も終わった様だ。願わくば、あちらが負けてくれれば足を止めるキッカケになっただろう。

「迷うなら……止めときな」

 国尾が何とか動く口だけで言う。

「お前のマッスルが泣いてるぜ?」
「……全部の責任は俺にある。これを頼むぜ」

 蓮斗は自分の名刺を国尾の膝に置いた。

「この荒谷蓮斗が全ての元凶だ。訴えるのは俺だけにしてくれ」
「……」

 そう言うと蓮斗はバンに乗り、エンジンをかけると走らせて行った。





 マジかよ。こんな事ってある? 一日に二度も誘拐されるなんて……どんだけだよ!

「くっそ……」

 オレは仰向けになり、腕を持ち上げてて手を組むと胸に勢い良く叩きつける。

「くっふぅ……もっかい……」

 二度目の打ち付けで、肺の機能は復活。ジジィから『空気打ち』の事を教わっていなければ本当に一時間はまともに動けなかっただろう。
 オレが覚えられなかった『古式』だったが、対応が聞いて良かった。

「かっ……はぁ……はぁ……」

 オレはジャックに寄った。死んだ様子はなく、気を失っているだけなのでホッとする。

「国尾さん!」

 ジャックを抱えたまま、国尾さんの安否を確認する。彼は漫画のように円形に凹んだアパートの塀を背に座り込んでいた。

「まさか……死――」
「ほっほう。早合点は良くないぜぇ?」

 生きてた。しかし、起き上がる気配がない。

「大丈夫ですか?」

 まさか国尾さんにこんな言葉を投げる日が人生で来るとは思わなかった。

「イエス。と、言いたいところだが、消費したマッスルの回復にタンパク質がいる。鳳よ、オレの鞄を取ってくれ」
「は、はい」

 オレは近くに落ちている国尾さんの鞄を渡してあげた。

「やれやれ。中々の事件だが……事情は複雑そうだねぇ」
「……」

 国尾さんはプロテインバーをむしゃりと食べてタンパク質を補給しながら思った事を口にする。

「まさか、白昼堂々と二度も誘拐されるとは思いませんでしたよ」

 人気者なショウコさん。でも求められる状況が毎回まともじゃない。
 彼女には中々の業が渦巻いているようだ。中々にハードな一日だよ、こりゃあ。
 しかも……オレの予想が当たっていれば今回の誘拐相手は――

「鳳くん」

 すると、買い物から帰った赤羽さんが背後にいた。
 この惨事を説明して信用してくれるかなぁ。特に塀の凹み。

「ジャックはどうしたんだい?」
「あ、いや……話すと長くなると言いますか……複雑と言いますか……」

 すると、赤羽さんはジャックの身柄を催促してくる。オレはそっと渡して上げた。

「気を失ってるだけです」
「そうかい」

 赤羽さんは腕の中で眠るジャックの様子に安心した様だった。そして、今度は静かな声色で言う。

「全て話したまえ。さもなくば、君たちに塀の修繕費とジャックの医療費を請求するよ」

 それはどこか怒りの混ざる口調だった。
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登場人物紹介

鳳健吾(おおとり けんご)。

社会人。26歳。リンカの隣の部屋に住む青年。

海外転勤から3年ぶりに日本に帰って来た。

所属は3課。

鮫島凜香(さめじま りんか)。

高校1年生。15歳。ケンゴにだけ口が悪い。

鮫島瀬奈(さめじま せな)

XX歳(詮索はタブー)。リンカの母親。ママさんチームの一人。

あらあらうふふなシングルマザーで巨乳。母性Max。酒好き。

谷高光(やたか ひかり)

高校1年生。15歳。リンカの幼馴染で小中高と同じ学校。雑誌モデルをやっている。

鬼灯未来(ほおずき みらい)

18歳。リンカの高校の先輩。三年生。

表情や声色の変わらない機械系女子。学校一の秀才であり授業を免除されるほどの才女。詩織の妹。

鬼灯詩織(ほおずき しおり)

30代。ケンゴの直接の先輩。

美人で、優しくて、巨乳。そして、あらゆる事を卒なくこなすスーパー才女。課のエース。

所属は3課。

七海恵(ななみ けい)

30代。1課課長。

ケンゴ達とは違う課の課長。男勝りで一人称は“俺”。蹴りでコンクリートを砕く実力者。

黒船正十郎(くろふね せいじゅうろう)。

30代。ケンゴの勤務する会社の社長。

ふっはっは! が口癖で剛健な性格。声がデカイ。

轟甘奈(とどろき かんな)。

30代。社長秘書。

よく黒船に振り回されているが、締める時はきっちり締める。

ダイヤ・フォスター

25歳。ケンゴの海外赴任先の同僚。

手違いから住むところが無かったケンゴと3年間同棲した。四姉妹の長女。

流雲昌子(りゅううん しょうこ)。

21歳。雑誌の看板モデルをやっており、ストーカーの一件でケンゴと同棲する事になる。

淡々とした性格で、しっかりしているが無知な所がある。

サマー・ラインホルト

12歳。ハッカー組織『ハロウィンズ』の日本支部リーダー。わしっ娘

ビクトリア・ウッズ

30代。ハロウィンズのメンバーの一人で、サマーの護衛。

凄腕のカポエイリスタであり、レズ寄りのバイ。

白鷺綾(しらさぎ あや)

19歳。海外の貴族『白鷺家』の侯爵令嬢。ケンゴの許嫁。

音無歌恋(おとなし かれん)

34歳。ママさんチームの一人で、ダイキの母親。

シングルマザーでケンゴにとっては姉貴みたいな存在。

谷高影(やたか えい)

40代。ママさんチームの一人であり、ヒカリの母親。

自称『超芸術家』。アグレッシブ女子。人間音響兵器。

ケンゴがリンカに見せた神ノ木の里

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