第329話 お前の顔を見るのは不愉快だ

文字数 2,468文字

「青野! ショウコの拘束を外せ! お前たちは手を出すな!」
「……はい」

 急に現れてその場の面子を黙らせた男は素材は容姿端麗な人間を連想させる。
 しかし、今は無精髭は伸びて、目の隈も濃い。引きこもっているかの様に服装もズボラだ。
 だが、ショウコとしてはそれ以上に男に対して面識がなかった。

「逃げ場は無い。暴れるなよ?」

 そう言って青野はショウコの手足の拘束を解く。その間に男は上の階から降りてきた。

「おお! やっとだ! やっと会えたぞ!」
「……」

 ショウコは縛られていた手首を擦りながら立ち上がる。

「ハハハ! やっぱりそうなんだ! 俺が求めて手に入らないモノはこの世に存在しない!」
「すまないが、何者だ?」
「おお! 俺は黒金佑真(くろがねゆうま)! 覚えてないか? その色素の薄い髪。昔、公園で会ったハズだ!」
「公園?」

 ショウコは少し記憶を巡る。公園……公園……公園の思い出は一回しかない。
 女郎花教理に拐われたあの衝撃の一件。
 確かあの時は……父が知り合いと話すと言って席を外している間に、取り巻きを引き連れたヤツが……あ。

「思い出したか! あの時、声をかけたのが俺――」

 ユウマが言葉を続ける前にショウコの右拳がその右頬にヒットした。それなりの威力がある一撃に、ぶふぇ!? とユウマは崩れ落ちる。

「お前か。いつの日か、殴ってやろうと思っていた所だ」
「な、なな! お、俺を……俺を殴りやがった!? この黒金の俺を!?」
「そりゃ殴るだろ。散々、私の髪を馬鹿にしてくれたからな」
「ふ、ふふざけるな! 青野! なに突っ立ってる!?」
「手を出すなと言われましたので」
「なー! そこは臨機応変に止めろ! 使えない奴だ!」
「すみません」

 そうは言うが、青野は少しも悪びれる様子がない。それどころか、少し清々しい様子だった。他の四人も動く気配がない。

「帰る。お前の顔を見るのは不愉快だ」
「はぁ!? ふ、ふざけんな! お前は俺のモンだろうが!」
「脳ミソはちゃんと頭蓋骨に入っているのか? 私はお前と良い関係を築く事は絶対にあり得ない」

 じゃあな。とショウコは座ったままのユウマに背を向けると扉へ手をかける。

「……む?」
「ハハハ! バーカ! その扉は俺じゃ無いと開けないんだよ!」
「じゃあ開けるまで殴ろう」

 指をポキポキ鳴らしながらショウコは踵を返す。先ほどの一撃では殴り足りなかった所である。

「ひぃ!? あ、青野!」
「……」

 やれやれ、と言わんばかりに青野がショウコの前に出る。

「……命令を聞くに値する人間ではないと思うが?」
「縦社会の常だ。悪いな」

 更に、緑屋、白山、黄木、灰崎がショウコの挙動に意識を向ける。

「わかったか、ショウコ! お前は俺のモノになるしかない! この屋敷からは絶対に出られないからな!」
「口を開く度にイライラさせてくれるヤツだな。人を勝手に呼び捨てにするな」

 しかし、ユウマの言うことは紛れもない真実だ。正面は鋼鉄の扉。窓は雨戸でガッチリ塞がれ、そう簡単に脱出は出来そうにない。

 それに目の前の五人。流雲の実家でそれなりの武芸者を見たことがあったが、彼らに匹敵するかそれ以上だ。
 明らかに不利。しかし、タンカー船での一件があったからか不思議なほどに落ち着いている。

「慣れとは恐いものだな」

 きっと彼が私を探してくれている。それだけは間違いないだろう。どうにかして外と連絡が取れれば――

「くっくっく……はっはっは!!」

 すると蓮斗が高らかに笑い出した。ショウコは、コイツも居るんだった、と蓮斗からも少し距離を取る。

「俺ぁよ、今の今まで自分が馬鹿みたいに思えて来たぜ!」

 味方が一人も居ない状況下で自分のペースを全く崩すことの無いショウコを見て、蓮斗は改めて考えさせられた。

「姉ちゃんよ。今更、俺がこんな事を行っても信用できないと思うが、あえて言わせてくれ」

 ザッと蓮斗はショウコを庇うように青野達の前に立つ。

「あんたを帰す。それがこの荒谷蓮斗だぜ!」

 不適に笑う蓮斗は吹っ切れた様に迷いがなかった。
 短絡的、単細胞、状況がまるで見えてない。蓮斗の行動は理論的に見れば破滅する未来しか見えないだろう。
 しかし、その清々しいまでの吹っ切れぶりは他を引き付ける彼らしさでもあった。

「どういうつもりだ? 蓮斗」
「気づいちまっただけですよ、青野さん。チマチマ考えるのは俺らしく無いってね」

“蓮斗、中途半端だから行けないんだ。一度思いっきり振り抜いて見ろよ”

 初めて己の身体を制御出来た時に、ハジメから言われた事だ。

「なんだ……お前は馬鹿かよ!」

 そんな蓮斗にユウマが叫ぶ。

「この世にはな。選ばれた人間ってのがいるんだよ! お前みたいな馬鹿をこき使う側の人間がな! お前みたいな馬鹿を……いつでも殺せる殺意与奪を俺は持ってるんだ! この馬鹿! この場では俺が一番強いんだよ!」
「へぇ。その理屈で言うと――」

 そう言いつつ青野達も無視できない雰囲気を蓮斗は出す。

「この場で一番の殺意与奪ってヤツを持つのは俺って事になるなぁ」

 超人体質。純粋な力比べて蓮斗を勝てる人間は世界に五人も存在しない。強靭な肉体を持つ彼は生まれながらに選ばれた強者だった。

「おい」

 そんな蓮斗にショウコは背後から話しかける。

「意気揚々と出てくるのは良いが、私はお前の事は信用して無いからな」
「ああ。こんなモンでアンタの信頼を得られるとは思っちゃいねぇよ。俺が適当に暴れるから適当に逃げてくれや」
「とは言ってもな。鉄の扉に一階は雨戸。二階はどうなってるんだ?」
「悪りぃ。俺もここに来るのは初めてでな。そっちで確かめてくれるか?」
「……精々、囮をやってくれ」
「任せろよ」
「お前! 馬鹿の分際で、俺のショウコとなにヒソヒソ話してる!」

 ユウマに呼び捨てにされる度にショウコはイラッとする。

「アイツも一発殴っといてくれ」
「その依頼、承ったぜ!」
「青野! なに棒立ちしてる! さっさとやれ!」

 ユウマに見えない様に嘆息を吐きつつ青野は前に出る。

「他は蓮斗を無力化しろ。俺はターゲットを再拘束する」
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登場人物紹介

鳳健吾(おおとり けんご)。

社会人。26歳。リンカの隣の部屋に住む青年。

海外転勤から3年ぶりに日本に帰って来た。

所属は3課。

鮫島凜香(さめじま りんか)。

高校1年生。15歳。ケンゴにだけ口が悪い。

鮫島瀬奈(さめじま せな)

XX歳(詮索はタブー)。リンカの母親。ママさんチームの一人。

あらあらうふふなシングルマザーで巨乳。母性Max。酒好き。

谷高光(やたか ひかり)

高校1年生。15歳。リンカの幼馴染で小中高と同じ学校。雑誌モデルをやっている。

鬼灯未来(ほおずき みらい)

18歳。リンカの高校の先輩。三年生。

表情や声色の変わらない機械系女子。学校一の秀才であり授業を免除されるほどの才女。詩織の妹。

鬼灯詩織(ほおずき しおり)

30代。ケンゴの直接の先輩。

美人で、優しくて、巨乳。そして、あらゆる事を卒なくこなすスーパー才女。課のエース。

所属は3課。

七海恵(ななみ けい)

30代。1課課長。

ケンゴ達とは違う課の課長。男勝りで一人称は“俺”。蹴りでコンクリートを砕く実力者。

黒船正十郎(くろふね せいじゅうろう)。

30代。ケンゴの勤務する会社の社長。

ふっはっは! が口癖で剛健な性格。声がデカイ。

轟甘奈(とどろき かんな)。

30代。社長秘書。

よく黒船に振り回されているが、締める時はきっちり締める。

ダイヤ・フォスター

25歳。ケンゴの海外赴任先の同僚。

手違いから住むところが無かったケンゴと3年間同棲した。四姉妹の長女。

流雲昌子(りゅううん しょうこ)。

21歳。雑誌の看板モデルをやっており、ストーカーの一件でケンゴと同棲する事になる。

淡々とした性格で、しっかりしているが無知な所がある。

サマー・ラインホルト

12歳。ハッカー組織『ハロウィンズ』の日本支部リーダー。わしっ娘

ビクトリア・ウッズ

30代。ハロウィンズのメンバーの一人で、サマーの護衛。

凄腕のカポエイリスタであり、レズ寄りのバイ。

白鷺綾(しらさぎ あや)

19歳。海外の貴族『白鷺家』の侯爵令嬢。ケンゴの許嫁。

音無歌恋(おとなし かれん)

34歳。ママさんチームの一人で、ダイキの母親。

シングルマザーでケンゴにとっては姉貴みたいな存在。

谷高影(やたか えい)

40代。ママさんチームの一人であり、ヒカリの母親。

自称『超芸術家』。アグレッシブ女子。人間音響兵器。

ケンゴがリンカに見せた神ノ木の里

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