第509話 ワッフ! ワウッ! ヘッヘッへッ!
文字数 1,813文字
オレは荷物とお土産の熊肉1キロをトランクに積み、七海課長が車に乗り込んだ様子を確認するとドアを閉める。するとウィーンと窓が開く。
「お前も程ほどにな。明後日からは仕事なのを忘れんなよ」
「分かってます」
それ以上の会話は他の面子がしていたので、オレとの会話は本当に最低限だ。
「鳳、あんまりこっちは気にすんな」
「……大丈夫です」
本当に会社の幹部陣は人の心情を察するの長けている。だからこそ、人の僅かな変化に気がつき見極めてフォローに回れるのだろう。
「じゃあな。アヤにもよろしく言っておいてくれ」
ウィーンと窓が閉まると、ゲンじぃの運転する乗用車は、ブロロー、と走り去って行った。
「ふぃ。少し緊張感が減った」
まぁ、休日でも上司と顔を合わせ続けるのは少なからず緊張するワケで、解放感を得られるのは仕方のない事である。
「ったく……あのヤロー」
七海はケンゴの様子からとある事を察していた。
「どうした? 七海」
「ジジィ。そっちも気づいてるんだろ?」
自分よりも近くで彼を見てきたゲンはより察していると七海は告げる。
「まぁ、最初は俺が連れ出したワケだしな。帰る時はアイツに決めさせるよ」
「鳳君、どうやら本社へ戻る気は無さそうですね。今回は戻ったとしても、長く勤める気は無いのでは?」
助手席に座る新次郎は二人の考えを口にする。
「絶対的に安心だと思っていた身内があそこまで傷ついたとなると……俺でも側に居たいと思います」
「ほー、お前にそんな一面があったとはな」
「あ! でもケイさんは別ですよ! 例え、火の中、水の中! ケイさんが呼ぶならどこからでも駆けつけますから!」
「あー、期待しててやるよ」
と、新次郎のあからさまなアプローチには毎度の事ながらうんざりしているが、今回、新次郎には返すべき“借り”があった。
「天月」
「なんですか?」
「お前、この後予定はあるか?」
「ありません!」
「だと思ったよ。夜飯を奢ってやるから俺ん家に来い」
その七海の発言に新次郎は一瞬だけ言葉を失う。
「ほ、本当ですか? 本当に俺とディナーを?」
「ディナーじゃねぇ。飯を食うんだ。そこんとこ、間違えんなよ」
「分かってますよ、ケイさん。俺も紳士的に行きますからね」
今回、命を救われた事に対する対価としては安いかもしれないが、七海としてはかなり譲歩した方である。
すると、バックミラーからこっちを見るゲンに七海は気づいた。
「……ん? 何だよジジィ」
「いーや。何でもねぇよ」
「ケッ」
「ようやく落ち着けそうだ」
公民館にはハジメさんや蓮斗が寝泊まりするので、ユウヒちゃんとコエちゃんもまだ、そっちで泊まるらしい。
あの二人はアヤの付き人だし、彼女が引き上げるまでは里に居るのだろう。
オレは母屋へGO。6年も帰らなかったのだ。まぁ、この田舎で何か変わってるワケではないが、久しぶりに鈴虫の合唱でも聞くとしましょうかね。
「リンカちゃんは……まだ出ないか」
母屋に帰る道中にも連絡を入れたが、コールは鳴るけれど電話には出てくれない。
「……うーむ。うむむむ」
未だに喉に魚の骨が刺さったままの事案はこれだけだ。
スマホをポケットに入れると正面からアヤが歩いてくる。足元にはOFFモードの三犬豪が、ワッフ! ワウッ! ヘッヘッへッ! と駆け寄ってきた。
「おうおう。お前ら、今回はよくやってくれたな。皆助かったよ」
撫でて、撫でて、と寄ってくる三匹に手が二本じゃ足りねぇ。おいおい、顔を舐めるなっての。
「お兄様」
「ん?」
アヤは雰囲気が少し緊張している様に見える。さては、圭介おじさんとの話は上手く行かなかったのか? ここはお兄様が人肌脱いでやらねば。
「やっぱり、じっ様と圭介おじさんの仲を取り持つのは難しそう?」
「いえ。御父様は理解してくださいました。近い内に譲治お爺様とお会いになってくれるそうです」
「ほんと? いやはや流石だねぇ」
「そんな事はありません」
圭介おじさん、帰ってくるのか。うーむ。波乱の予感がするぜぇ? 出来る事ならオレも立ち会うべきか。
「来日の日時が決まったら言ってね。じっ様のヘイトを分散する様に手伝うからさ」
「ふふ。その時はよろしくお願いします」
これが
「お兄様。そこで提案があるのですが」
「なに?」
「白鷺家に籍を置く気は御座いませんか?」