第178話 ウエストロック
文字数 2,094文字
三つの個室サウナを保有するその店は、岩盤浴をイメージするような内装や雰囲気を気に入った客層のリピーターが多く、知る人ぞ知る隠れた名店だった。
「定休日……」
『ウエストロック』の正面入口に下げられた札と、その横に置かれた週の営業表には第一週の土曜日は休みだと書かれていた。
「ちょっと待ってて」
二人にそう言うとヒカリはある人物に連絡する。
『あらん。ヒカリちゃんじゃなぁい』
「こんにちは、西城さん」
電話先は、雑誌のチーフスタッフでもある西城であった。
『若いわねぇ~。意欲があって、アタシは嬉しいわん。けど撮影の日程はまだよん♪』
「今日はちょっとお願いがありまして……今ってお店に居ます?」
『清掃中よん♪ 設備とかを自分で確認するのがポリシーなのん』
「そうですか! ちょっとお願いが……かなり無理言っちゃうと思うんですけど……」
『言ってごらんなさぁい』
ヒカリは西城にこちらの事情を説明すると電話を切る。そして、正面入口が開いた。
「いらっしゃーい」
清掃エプロンを着た西城が三人を出迎える。
一通りの自己紹介を済ませて三人はロビーに入る。
「ほっほう! いいね! 良いサウナだ!」
「ありがとん♪ 正義ちゃん」
岩をモチーフにしたロビーの雰囲気を気に入った国尾は、ほっ! ほほっ! とテンションが高い。
「わぁ……サウナのロビーってこんな感じになってるんだ」
サウナ店を銭湯の小型版だと思っていたダイキにとっては、綺麗な雰囲気のロビーは意外だったらしい。
「うふん。普段は未成年はダメだけど、今回はヒカリちゃんの紹介って事で、と・く・べ・つ♪」
「ほっほう! 良い所を知れた! ありがとう、谷高ちゃん!」
「ど、どうも」
素直にお礼を言われると敵対心がちょっとだけ薄れる。
「まだ清掃が終わってない個室が一つあるから、そこを使ってちょうだい」
「感謝します! うっほほ!」
「料金はヒカリちゃん価格で特別に10割引でいいわん♪」
「ジムで紹介しますよ! サウナ同好会も……見聞が広がっていく!」
活動内容は薄そうな同好会だなぁ、とヒカリが思っていると西城がタオルやら室内着を持ってきた。
「これがタオルよん。部屋の使い方は――」
「わかります!」
「正義ちゃんは有識者ね。ダイキちゃんは彼に教わるといいわん」
「はい!」
ダイキも初めて遊園地に来た少年のように眼を輝かせて返事をする。
「谷高ちゃんは……フッ無理か」
「あ……そっか」
国尾の勝ち誇った笑みにヒカリは若干イラっとしたが、ダイキの申し訳無さそうな表情に溜飲を下げる。
「まぁ楽しみなさいよ。わたしもわたしで楽しむから」
「そう言うことだ! イクぞ! ダイキ君! 特訓だ!」
「はい!」
そう言うと二人は一番奥の個室へ歩いて行った。
「ダイキちゃん、アタシのイメージ通りの子ねん」
「……ちょっと子供っぽいですけど」
「ヒカリちゃん。本当にやるのん?」
個室へ入っていく二人。やっば……と思いながらヒカリは身を切る決意をしていた。
「西城さん。これはダイキのターニングポイントなんです。やらなきゃヤられると思います」
「そう……お父様が知ったら卒倒するわん」
「父には内緒でお願いします」
「逆に社長は喜びそうねん♪」
「母はわたしが何をしても喜んでくれますよ」
ヒカリはこれから起こす事を決意する様に一度深呼吸をすると眼に闘志を宿した。
「中も綺麗ですねー」
「フッ、そうだな。俺の知るサウナでも内装のこだわりは一、二位を争う」
「そうなんですか?」
「ここはアタリだぜ!」
真夏の甲子園を駆け抜ける熱耐性を持つダイキですら少しじっとすると熱く感じる。
「国尾さん。カラオケも出来るみたいですよ!」
初めての場所に興味津々なダイキは室内を調べ回っていた。
熱蒸気を出す器具や、耐熱性のテレビなどが設置されており、退屈しない様になっている。
「中々だ。パーティーでも開けそうだな!」
わっ! と笑う国尾は奥に座った。
「ダイキ君」
「あ、始めますか?」
「うむ。まずは君の忍耐力をテストするぞ!」
「はい!」
「隣に座りたまえ」
ダイキは国尾の隣に座る。そして、じっと熱に身を任せるが、身体を動かす事を日常とするダイキにとって少々退屈な時間だ。
「国尾さん……次は何を?」
「待て。じっくり待つんだ。これは己の精神との戦い。ギリギリまで追い込み、一つずつ乗り越えて行くんだ」
「これが……特訓ですか?」
「まずは精神を清める。そして、意識が朦朧としてきた時に身体を始めるぞ!」
「! 所謂、ゾーンってヤツの事ですね!」
「む? まぁ、そんな所だ。ゾーンを自在に行き来する事で、君は新たな扉を開く!」
「おお!」
流石だ! とダイキは全く国尾を疑っていなかった。
しばらく無言で熱に身を委ねる。ポタと顎から汗が床に滴る程度に熱を身体に溜めた所で、国尾が我慢の限界を越えた。
「よし、ダイキ君! ヤルぞ!」
「はい!」
しかし開いたのは新たな扉ではなく、サウナの扉だった。
「ぬ!?」
「……え?」
「お邪魔するわよ!」
扉を開けたのはヒカリ。彼女はバスタオル一枚で胸から下を隠し、二人の前に立つ。