第320話 考えが足りてないだけですよ

文字数 2,736文字

 国会議員、烏間美琴(からすまみこと)は議員の中で最も自由な人間と言えた。

 現総理――王城の『日本保全党』の幹事長を勤めつつも、その動きは自由奔放であり、他の党へも頻繁に顔を出す議員だった。
 政治家としても手腕も然ることながらあの“神島”とも深い関わりがあるとも囁かれており、名実ともに曲者として政界でも古株だ。

「それじゃ、来月に来るお客さんの事はよろしくね、ハジメ」

 プライベートの服装で眼鏡に帽子を被った烏間は傍らに杖を置き、対面に座る久岐一(くきはじめ)を見つつ目の前の200円の紅茶を啜った。

「任せて下さい、顧問。白鷺の方は丁重にお出迎えいたします」

 ハジメはマスクを着け、この場に居ることは他所に知られたくない烏間に合わせてラフな私服姿であった。
 比較的に庶民的なカフェを選んだのもそう言う意図である。

「負担ばかりかけてごめんねー。政界にあまり知られたくない動きだから。貴方たちを頼る事になっちゃって」
「いえ。名指しをしていただき、本当にありがたいです。しかし……今更ですが、こちらの社長はあまり礼節がある人物ではありません。本当に引き合わせてもよろしいので?」
「それで良いの。綾ちゃんにはリラックスして欲しいから、蓮斗君は良い友達になれると思うわ」
「ただ、考えが足りてないだけですよ……」

 いつまでも経っても社長は子供です。と、ため息を吐くハジメに烏間は微笑む。
 子を成さなかった烏間にとって蓮斗やハジメは孫のような存在だった。

「『空の園』の件。私の方で何とかしておくわね」
「! い、いえ! そんな……名指しで重宝して頂いてるだけで十分ですのに、そこまでしていただかなくても……」
「貴女たちの大切な家だもの。寧ろ、それくらいしか出来ない事が申し訳ないわ」
「ですが……」
「蓮斗君には助けられたから。それを少しでも返せればと思っているわ」

“大丈夫かよ、婆さん。今助けてやっからな!”

 事故で死にかけた時に、偶然現場で作業していた蓮斗に烏間は助けられた事があった。

「……偶然です。本当に何も考えて無いだけです。アイツは」
「だから私も貴女たちには心置きなくこう言う事をお願い出来るの」

“ミコ婆、怪我したんだって? 大丈夫? 里? 出てきたよ。ジジィと喧嘩した。もう一生帰らん”

「白鷺との引き合わせは孫も里に帰るキッカケになるでしょうし」
「お孫さんが?」
「ええ。貴女よりも一つ上ね。蓮斗君と同い年だったかしら」
「顧問の身内となれば、さぞ優秀な御仁なのでしょう」

 ハジメの言葉に烏間は口元に手を当てて笑う。

「さて、それはどうかしらね」

“オレが来たって里から来た人には言わないでくれや。取りあえず、ニボシな。カルシウムをどうぞ。それじゃ!”

「本当に兄に似なくてよかったわ」

 (めい)の性格を強く受け継いだ又甥(またおい)には誰よりも幸せになって欲しいと思っていた。





「姉ちゃん! 道を教えてくんねぇか!?」

 ショウコはアパートの門からそう叫ばれてそちらを見る。
 エンジンをかけたまま止まっているバンの運転席に座る男は少し狭そうにしていた。

「駅方面に行くと交番がある。そっちで聞いた方が良いぞ?」

 近寄る事はせず、その場で声を上げて応対する。

「交番はマズイ……いや! じゃなくてだな! もう目的地に近いから、ちょいちょいっと聞きたいだけなんだ!」
「私はこの辺りの人間じゃない。参考にならないと思うが?」
「地図を見てくれれば良いぜ。俺じゃあ、よく分かんなねぇからよ!」

 地図があるならそれに従えば良くないか? とショウコは考えたが、確かに見方を知らなければ余計に迷う事もあるか……

「わかった。確認してみよう」

 それでも手助けする事に気が進んだのは、男の事がなんだか放って置けなかったからである。デカイ子供を相手にしている様な感じで。

「すまねぇな。コイツが地図だ」

 近づいてくるショウコに男は畳んだ地図を助手席の窓から外に出す。
 ショウコがアパートの門を出ると地図に手を伸ばした所で――

「おし! 今だ!」

 左右の壁際に潜んでいた二人の人間が彼女を捉えるべく襲いかかってきた。

「――」
「あだ!?」
「うぇ!?」

 ショウコは仮面をつけるとバンを蹴って後ろに跳ぶ。潜んでいた男二人は互いにぶつかった。

「かぁ~。やっぱり、一発目は上手くいかねぇか」
「……」

 距離を取りながらショウコは仮面の奥からバンを降りる男を見る。

「どういうつもりだ?」

 アパートの敷地に入る大男の身長は二メートル近い。作業着越しでもがっちりとした体格を感じさせ、相当に威圧がある。

「姉ちゃん。あんたに会いたいっていう人が居てよ。一緒に来てくれねぇか?」
「断る」

 ショウコは青竜刀を向けると、男の背後に出てきた三人の部下らしき者たちは萎縮した。

「私は親切をするつもりだったのだが……この仕打ちは恩を仇で返すと言う事か?」
「うっ……確かにそれは心苦しいけどよ……こっちにも事情ってモンがあってだな」
「私には関係の無い事だが?」
「手荒な事で始めたのは詫びる! 頼む! 一緒に来てくれ!」

 パン。と両手を合わせて頭を下げる男にショウコは逆に毒気を抜かれた。
 無理やり拉致しようとしておいて、次は頼んで来るとは、順序が逆ではないのか? それで、ついてくると思っているのなら相当に考えが浅い。

「社長。やっぱり、無理ですよー」
「そうっすよ。武器もってるし」
「今からでもハジメの姉御に相談しましょうよ~」
「だー! 腰抜けみたいな事言ってんじゃねぇ! この俺様――荒谷蓮斗は一度した約束を破る男じゃねぇんだよ! それに……ハジメのヤツに勝手に依頼を受けたと知られちゃあ……後には退けねぇ!」

 と、言いつつも男も何だかノリ気では無さそうだ。不本意ながらも動いていると言った感じ。

「……」

 女郎花教理の完璧に近い拉致とは全くもって比較にならないおざなりな雰囲気にショウコは、少し譲歩するか、と言う気にさせられた。

「連れと一緒ならお前たちに同行しても構わない」
「本当か!」

 男の返答はショウコとしても意外だった。

「全然問題ないぜ! アンタが来てくれれば十分だからよ! 何人でも友達を呼んでくれや!」
「……そ、そうか」

 良かったぜー! と笑顔になる男に打算的な雰囲気は全く感じられない。
 こう言うのは私一人を拉致する事に意味があるのでは? こいつの意図が全く読めない。

 ショウコは仮面を外しケンゴに連絡しようと、置いたスマホに向かい彼らに背を向けた。

「! 青野さん!」

 男の雰囲気に油断していたショウコの背後へ五人目の男が強襲。羽交い締めにすると同時にクロロホルムを染み込ませた布を口に押し当てる。

「!!? きさ……ま……」

 驚きのあまり、大量に吸い込んでしまったショウコはそのまま意識を失った。
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登場人物紹介

鳳健吾(おおとり けんご)。

社会人。26歳。リンカの隣の部屋に住む青年。

海外転勤から3年ぶりに日本に帰って来た。

所属は3課。

鮫島凜香(さめじま りんか)。

高校1年生。15歳。ケンゴにだけ口が悪い。

鮫島瀬奈(さめじま せな)

XX歳(詮索はタブー)。リンカの母親。ママさんチームの一人。

あらあらうふふなシングルマザーで巨乳。母性Max。酒好き。

谷高光(やたか ひかり)

高校1年生。15歳。リンカの幼馴染で小中高と同じ学校。雑誌モデルをやっている。

鬼灯未来(ほおずき みらい)

18歳。リンカの高校の先輩。三年生。

表情や声色の変わらない機械系女子。学校一の秀才であり授業を免除されるほどの才女。詩織の妹。

鬼灯詩織(ほおずき しおり)

30代。ケンゴの直接の先輩。

美人で、優しくて、巨乳。そして、あらゆる事を卒なくこなすスーパー才女。課のエース。

所属は3課。

七海恵(ななみ けい)

30代。1課課長。

ケンゴ達とは違う課の課長。男勝りで一人称は“俺”。蹴りでコンクリートを砕く実力者。

黒船正十郎(くろふね せいじゅうろう)。

30代。ケンゴの勤務する会社の社長。

ふっはっは! が口癖で剛健な性格。声がデカイ。

轟甘奈(とどろき かんな)。

30代。社長秘書。

よく黒船に振り回されているが、締める時はきっちり締める。

ダイヤ・フォスター

25歳。ケンゴの海外赴任先の同僚。

手違いから住むところが無かったケンゴと3年間同棲した。四姉妹の長女。

流雲昌子(りゅううん しょうこ)。

21歳。雑誌の看板モデルをやっており、ストーカーの一件でケンゴと同棲する事になる。

淡々とした性格で、しっかりしているが無知な所がある。

サマー・ラインホルト

12歳。ハッカー組織『ハロウィンズ』の日本支部リーダー。わしっ娘

ビクトリア・ウッズ

30代。ハロウィンズのメンバーの一人で、サマーの護衛。

凄腕のカポエイリスタであり、レズ寄りのバイ。

白鷺綾(しらさぎ あや)

19歳。海外の貴族『白鷺家』の侯爵令嬢。ケンゴの許嫁。

音無歌恋(おとなし かれん)

34歳。ママさんチームの一人で、ダイキの母親。

シングルマザーでケンゴにとっては姉貴みたいな存在。

谷高影(やたか えい)

40代。ママさんチームの一人であり、ヒカリの母親。

自称『超芸術家』。アグレッシブ女子。人間音響兵器。

ケンゴがリンカに見せた神ノ木の里

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