第510話 ……ただの餌じゃん
文字数 2,249文字
「もう、アヤとの婚姻関係は解除されたよね?」
「はい」
「それで、籍を入れると言うのは?」
「譲治お爺様に聞きました。『鳳』とは『神島』の中でも借りとして定められる“鳥”であり他と交われば消えるべくある幻であるのだと」
何とも……ロマンチックに解釈しちゃって。まぁ、あながち間違いではないか。
『神島』が定める鳥を含めた名字の中で、唯一『鳳』だけが実在しない幻鳥の類いなのだ。昔の人も良く考えたモノだよ。
故に『鳳』の存在は『神島』の中でも異例中の異例で、唯一役割を持っていない“鳥”でもある。
「お兄様。私は、お兄様を一人にはしたくありません」
「うーん。別にオレは一人だとは思ってないよ。里の皆もいるし、外の繋がりも多くある。気にかけてくれる人も、護るべき兄妹達も沢山いるからね」
アヤの事もそうだよ、とオレは告げる。これは完全にお兄様ムーヴ。夕焼けの背景も相まって効果は倍増だ。
「……そうですか」
しかし、アヤには刺さりが悪い。しまった……アヤの本来置くべき場所は貴族社会!
ワンピー○のイガ○ムみたいな髪型にした、おほほ、な貴族が大量にいるフランソワな世界なのだ!
髪型はネタでも紳士で美形な人間も多いだろう。オレみたいなモブでは越えられない壁がある! くっ! 感じ飽きた雰囲気では……お兄様としての威厳は薄れてしまうか!
すると、アヤは意を決した様に強い瞳を向けてくる。
「お兄様。私と勝負をしてくれませんか?」
え?
「私が勝ったら……『白鷺』を名乗ってください」
「いやいや……アヤ。結構、言ってる事は無茶が過ぎるよ?」
確かにオレはアヤのお兄様となったが、それはあくまで親戚の延長だ。
「『白鷺』はお嫌いですか?」
「そんな事はないよ。圭介おじさんの事は好きだし」
「でしたら……」
「今は『鳳』としての繋がりの方を大切にしたい」
きっと『白鷺』になって、アヤと一緒に圭介おじさんの元に行っても身内の多くは肯定してくれるだろう。けど……
「内側と同じくらい、外側にも繋がりが出来ちゃったからさ。オレは『鳳』で良いよ」
オレはきっと笑って答えていたと思う。
アヤ、駄目なんだ。オレは一人で居なきゃいけない。
「……お兄様。何故、そこまでお一人になろうとするのですか?」
アヤさんはエスパーですか? なんでオレがキリッと心で決意した事がわかったんだ?
「都会で一人暮らしをするとね。田舎との利便性のギャップに驚くのよ」
「真面目に答えてくださいませ」
駄目か。下手な言い訳に納得する子じゃない。
「『白鷺』になるのも魅力的だけど、今の生活の方が性に合ってる」
「……」
「ふっ、そんな納得行かない顔も可愛い可愛い」
これにて話はおしまい。オレはアヤの肩に一度手を置いて通り過ぎる。母屋に帰って色々と懐かしむとしよう。我が武の盟友、デストロイヤーはどうなってるかな。
「過去がそれほどにお兄様を縛っているのですか?」
通り過ぎたオレの背にアヤの言葉が刺さる。
「ま、そんな所かな」
正直な所、過去を引き合いに出されるのはここ最近で良くあった事もあって、今更動揺する様な事はなく、自分でも驚く程に冷静に対応できた。
「ま、そんな所かな」
お兄様はそう言って私の横を抜けました。その時、私は感じたのです。
とてつもなく深い暗闇に立ち、あらゆる者達は違う事を選択し続けているお兄様を。
この人をこのまま、一人にしては駄目だ。
「お兄様、アヤと勝負をしてください」
しかし、頑なに距離を取るお兄様を留めるには無理矢理な手を使わなければ不可能だとも悟った。
「……アヤ、さっきも言ったけどオレは――」
「なんじゃ、なんじゃ? こんな道のど真ん中で早速兄妹ゲンカか?」
すると、公民館から母屋へ帰るトキお婆様が声をかけてきました。私はお婆様へ一礼します。
「何でもないよ」
「お兄様に勝負を申し込んでいたのです」
「ふへ。アヤよ、そりゃ、駄目じゃ。ケンちゃんとアヤでは、何一つ、ケンちゃんの勝てる要素はありゃせん。賭けにならん」
「何かと楽しむのは止めろっての」
「ほっほっほ。ところで何があって、言い争っておる? このばっ様に話してみんかい」
私はトキお婆様に会話の流れを話します。お兄様は場を去らずに、やれやれ、と言った様子で待っててくれました。
「ふむ」
そして、トキお婆様は少し真剣に考えて、
「ケンちゃんや。この勝負受けてやれや」
「ばっ様……それ本気で言ってる? オレが勝てるワケないでしょ!!」
「ほっ。確かにアヤとケンちゃんでは、ミミズと鷹並みのスペックじゃな」
「……ただの餌じゃん」
「じゃが――」
トキお婆様は私を見ると優しく笑います。
「アヤが納得せん。兄貴なら妹を納得させてみんかい」
「うっ……く、くそぅ!」
何やら、お兄様の確固たる気持ちが揺らいでいる様です。やはり、トキお婆様は凄いお方です。
「して、お兄様はどうする? まさか、ただの兄を名乗るだけのハリボテではあるまい?」
「わかった、わかりましたよ! アヤ、勝負しよう」
「はい!」
取りあえず母屋に帰るよ、とお兄様はおすわりをしていた武蔵さま達と共に先に歩いて行きました。
「アヤ、ありがとな。こんくらい強引じゃないと、ケンゴは何一つ心内を晒そうとはせん」
「……私が勝ちます」
「うむ、その意気じゃ。本気でやれい」
「はい!」
そう言って私とお婆様も母屋へ。どのような勝負でも絶対に負けるワケには行きません。