第341話 誰が壁だコラ

文字数 2,394文字

「いやはや、スゲー筋肉だなぁ」

 緑屋はポケットに手を入れたまま、ガスマスクをつけるイントと相対していた。

「お前は小賢しいな」

 イントが捕まえようとしても『間切』による緩と急によって、緑屋は滑る様にかわし、

「そら」

 多彩な蹴りをイントへ見舞う。
 ナイフはまだ早いな。もっと……蹴りをこいつに印象づける。

 緑屋が狙うのは一撃必殺。『間切』は何度も見せればどんな相手にも通じなくなる。そうなった時、相手は優位と錯覚。こちらは命を奪える瞬間なのだ。

「めんどくせぇなぁ……」

 イントは誰か代わってくれよ、と他の面子を見るが各々相手が居るらしい。赤羽サンと鳳クンは大見の旦那のリフト上げで二階へ飛んでいた。

「余所見とは余裕だな」

 とんとん、と緑屋はステップを踏む。

「向かってこない相手に本気もクソもねぇからな」

 対してイントはコキっと首を鳴らす。

「とっとと終わらせるぜ」
「やってみろよ」

 緑屋が動く。それに対してイントは意外にも滑らかな体捌きで、彼を死角に回らせない。大蛇のような腕が緑屋を捕まえようと迫る。

 こいつ……

 緑屋は額に汗が流れた。ずっとこちらを警戒している。凶刃沙汰に慣れているかの様に、決定的に深く踏み込んで来ない。
 すると、緑屋はドンっ、と壁に背がぶつかった。

「壁際だと!?」
「あん?」

 緑屋がぶつかったのは壁ではなく、茨木の背だった。全くブレない彼女の体幹に本当に壁だと思って――

「誰が壁だコラ」
「ぶへぇ!?」

 いると、彼女の裏拳が頬に炸裂。重く、意識を揺らす一撃にフラりと弾かれる様に前によろける。

「OKまかせろ」

 イントはその緑屋を捕まえ、軽々と持ち上げらると背中からビタンっと地面に叩きつけた。
 茨木は音だけで、痛そー、とその様子を見ていた。

「かっはぁ!?」

 対して緑屋はまともに受け身は取れず、横隔膜がせり上がり、身動きが完全に停止する。

「ナイスアシスト」
「ども。そいつ、ちゃんと縛っててよ。他もさっさと決着がつくだろうしサ」

 イントは緑屋を見張るようにその場に座る。

「我ながらも丸くなったもんだぜ」

 昔は喧嘩をすれば相手を病院送りするのが当たり前だったイントは、日本に来て髄分と丸くなったと感じていた。





「まぁね。マッチメイクは妥当だと思うけどさ」
「うっふっふっ」

 緑屋を殴った茨木は品定めする様な眼を向けてくる黄木に向き直る。

「今のチャンスだったじゃん? 何で殴って来ないん?」
「あらあら。貴女にはそう見えたの? うっふっふっ。私はそうじゃなかったわ」

 黄木の判断は正しかった。隙を作った様に見せかけて茨木は黄木の動きを誘ったのだ。しかし、動く事はなかった。

「今回のメンバーじゃあんたを抑えられないか。相当出来るみたいだし」

 茨木も感じている。四人の中で黄木が一番に危険な存在だ。何をしてくるのか全く読み取れない様は、不意に死を貰っても不思議ではない。

「うっふっふっ……貴女はとても美しいわぁ」
「ありがとさん」

 茨木は据え置きの照明を蹴飛ばす。それをかわす黄木。更にソレに追い付く茨木。
 至近距離。何をしてくるにしても茨木は先手を取った。しかし、

「マジ?」
「ええ。まじ♪」

 ヒュッ! と、動いたソレに本能的に警戒した茨木は身を下げる。手と首を浅く切られていた。
 黄木が指に挟むように持つのは一枚の紙。何の変哲もないメモ用紙を破った一枚が手と首に切り傷をつけたのだ。

 古式武器術。黄木は日常にある、あらゆるモノを殺傷武器として使うことを可能としていた。
 幼い頃より『国選処刑人』になるべく育てられた彼女にとって、世界は武器の宝庫だった。
 箸で眼を抉れる。紙で肌を切れる。手の平の布があれば窒息させられる。他の技術は微塵も必要ない。
 世間に溶け込み、光の中で一瞬の闇を成就する。それが黄木と言う女の存在意義だった。

「いやさ、アタシも紙で手を切ったりするけどね。意図的にやるのは結構練習したっしょ?」
「そう思うかしら?」
「並大抵じゃない事はわかるよ。けどサ――」

 つまらない相手だと思っていたが茨木は火がついた。

「本物の“槍”には勝てないよ?」
「うっふっふっ。どこに槍があるのぉ?」
「今から見せてあげよっか?」

 無防備に茨木は黄木へ歩み寄る。それは本当に何もない、ただの“歩行”だった。
 何か仕掛けてくる気配は微塵も感じられず、どこを狙っても殺れる程に隙だらけである。

「うっふっふっ――」

 しかし、逆に黄木は警戒する。先程に接近してきた茨木の動きは常人ではない。間違いなく何か仕掛けてくると――
 二人の間合いが近づく。数歩の距離から一歩に、そして、半歩に、更にほぼ密着状態に――

「マジ?」
「え?」

 ドンッ! と掬い上げる様に下からの茨木の拳が黄木の腹部にめり込んでいた。力任せの一撃に黄木の身体は持ち上げられる形で宙に浮く。

「マジでさ。ここまで近づけるとは思わなかったよ」
「あっはっぁ……」

 その攻撃に意識を削られつつも黄木は凧糸で茨木の首を絞めにかかる。

「ほい」

 それが絞まる前に茨木は全身を使って力を流動させると、黄木を浮かせている拳に、再度威力を生ませる。

「『連突』」

 突き抜ける衝撃は槍で突かれたモノと大差ない威力だった。
 何かを考える間も無く黄木は意識を手放すと、くたっ……と全身から力が抜けた。

「やれやれ」

 茨木は彼女を抱えると近くの階段に座らせる。そして、るん♪ と振り向く。

「さーてと、他は――」

 アウトォ!
 ゴゴオオオン!!

 意気揚々と次なる獲物を探した茨木だったが、他二名も決着がついたようだった。

「イントさん」
「ん?」
「マッスラーってやばいね」
「まぁ、筋肉は裏切らないからな」
「マッチョは皆それ言うよねー」

 勝利が当然だと思っているイントの口調に茨木は、けらけらと笑う。
 そして、二階に上がった二人の行く先へ視線を向けた。

「さてと、上はどうなったかな?」
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登場人物紹介

鳳健吾(おおとり けんご)。

社会人。26歳。リンカの隣の部屋に住む青年。

海外転勤から3年ぶりに日本に帰って来た。

所属は3課。

鮫島凜香(さめじま りんか)。

高校1年生。15歳。ケンゴにだけ口が悪い。

鮫島瀬奈(さめじま せな)

XX歳(詮索はタブー)。リンカの母親。ママさんチームの一人。

あらあらうふふなシングルマザーで巨乳。母性Max。酒好き。

谷高光(やたか ひかり)

高校1年生。15歳。リンカの幼馴染で小中高と同じ学校。雑誌モデルをやっている。

鬼灯未来(ほおずき みらい)

18歳。リンカの高校の先輩。三年生。

表情や声色の変わらない機械系女子。学校一の秀才であり授業を免除されるほどの才女。詩織の妹。

鬼灯詩織(ほおずき しおり)

30代。ケンゴの直接の先輩。

美人で、優しくて、巨乳。そして、あらゆる事を卒なくこなすスーパー才女。課のエース。

所属は3課。

七海恵(ななみ けい)

30代。1課課長。

ケンゴ達とは違う課の課長。男勝りで一人称は“俺”。蹴りでコンクリートを砕く実力者。

黒船正十郎(くろふね せいじゅうろう)。

30代。ケンゴの勤務する会社の社長。

ふっはっは! が口癖で剛健な性格。声がデカイ。

轟甘奈(とどろき かんな)。

30代。社長秘書。

よく黒船に振り回されているが、締める時はきっちり締める。

ダイヤ・フォスター

25歳。ケンゴの海外赴任先の同僚。

手違いから住むところが無かったケンゴと3年間同棲した。四姉妹の長女。

流雲昌子(りゅううん しょうこ)。

21歳。雑誌の看板モデルをやっており、ストーカーの一件でケンゴと同棲する事になる。

淡々とした性格で、しっかりしているが無知な所がある。

サマー・ラインホルト

12歳。ハッカー組織『ハロウィンズ』の日本支部リーダー。わしっ娘

ビクトリア・ウッズ

30代。ハロウィンズのメンバーの一人で、サマーの護衛。

凄腕のカポエイリスタであり、レズ寄りのバイ。

白鷺綾(しらさぎ あや)

19歳。海外の貴族『白鷺家』の侯爵令嬢。ケンゴの許嫁。

音無歌恋(おとなし かれん)

34歳。ママさんチームの一人で、ダイキの母親。

シングルマザーでケンゴにとっては姉貴みたいな存在。

谷高影(やたか えい)

40代。ママさんチームの一人であり、ヒカリの母親。

自称『超芸術家』。アグレッシブ女子。人間音響兵器。

ケンゴがリンカに見せた神ノ木の里

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