第480話 モーニングジジィ

文字数 2,885文字

「……」

 オレは診療室の扉の前で一度止まった。理由は幾つかあるが……まぁ、顔を合わせ辛いと言うのが本音だ。
 ジジィと何を話せば良いのかわからん。そっと聞き耳を立てると物音一つしない。

「やれやれ……」

 多分眠ってる。きっとそうだ。それじゃ起こすのも悪いから、皆と朝食を取ろっと。

「ケンゴ様」

 回れ右して朝食へ向かおうとしたオレの前にアヤさんが立っていた。うむぅ……気配がなかったな……

「譲治お爺様はケンゴ様との会話を楽しみにしておられます。御入室をどうぞ」
「あー、うん。多分寝てると思うから……」
「起きて居られます」
「いや……起こすと悪い――」
「起きて居られます故」

 ずいっと言い寄って来るアヤさん。
 あ、これは……ばっ様から指令が出てるな? 診療室に絶対に入室させろとか、そんな感じの。

「譲治お爺様とケンゴ様の関係性はトキお婆様より聞き及んでおります。顔を合わせにくい事も承知の上でお願い致します」

 と、アヤさんは丁寧に頭を下げる。

「お爺様とお会いください」
「なんか……オレの方こそごめんね。うん……変なプライドに拘ってる場合じゃ無かったよ」

 無関係なアヤさんに頭を下げさせるなど、見当違いもいい所だ。オレもジジィとの関係は大人な対応をしなければならぬ……

「朝飯は食べてて良いよ。多分、長くなると思うから」
「わかりました」

 アヤさんにそう言って、オレは再度回れ右。今度は躊躇い無く診療室の扉を開け、中に入る。





 診療室は手前に板張りの空間があり、奥に二段程上がった高さの畳空間がある。患者はそちらに布団を敷いて横になるのだ。
 畳の空間は6人程が布団を敷いて横になれる広さ。しかし、今は一人の老人が広々と使っている。

「おう」
「どーも」

 布団に上半身だけを起こして横になるジジィは、弱々しさの欠片もない様子で、六年前と全く変わらない眼光を向けてくる。
 額の冷えピタは、ばっ様に貼られたのだろう。なんかウケるー。

「調子はどう? すぐに眠った方が良いんじゃないですかー?」

 オレはそんな事を言いながら近くに正座する。畳の上で話すときは正座が必定と言う、魂まで刷り込まれたジジィの教育の賜物である。

「余計な世話だ。お前に言われんでもな」
「そーですかー」

 ホントに六年前から変わってねぇでやんの。

「その様子だとまだ、過去は越えてはいないか」
「…………」
「お前、将平の残したUSBのパスワードを解いただろう?」

 オレは背筋が凍る様な悪寒が心に走る。アレを持って里を出る勇気はオレには無かったのだ。

「…………あっそ。もう中身見たんだろ?」
「ロックが解けん」
「……何でも使えばいいじゃん。そしたら何があったのか――」

 察しの良いジジィは全部解る。
 そのUSBの中身は父さんの航海日誌だ。
 あの船で何があったのか……当事者でも幼かった為に記憶が曖昧なオレの代わりに父さんの遺した記録である。

 這い寄る死に怯えた地獄の半年間。その中で誰が戦い、誰が未来を変えようとしたのか、そして……誰を遺そうとしたのかが、全て書かれてあった。

「お前にしか解けんのなら、将平はワシにではなくお前に遺したのだ。お前の口から言わんのなら、ワシからは何も言わん」
「…………」
「死の絡む過去は絶対に消えん。何かしらの形で己に返ってくる。いいか? 中途半端は止めろ」

 それは経験者故の力強い言葉だった。

「逃げるなら徹底的に逃げろ。向き合うなら足を止めて向かい合え。そうでなければ、お前も過去に呑み込まれ、先へ進めなくなる」
「……オレは――」

 じっ様ほど強くない。そう言いかけて言葉に詰まった。
 そんなオレを咎めるも、言葉を促すワケでもなく、ジジィは軽い嘆息だけを吐く。

「お前、アヤの事はどう思っとる?」

 話題が変わる。これ以上、この話は追及出来ないと言う判断をしたらしい。

「最初はドッキリかと思った」

 オレはジジィが避けてくれた話題に乗る。




「アイツを連れて来たのはミコトだ」
「ミコ婆かぁ……何となく解ってたけど」

 烏間美琴(からすまみこと)。ジジィの実妹にして『日本保全党』の幹事長を勤める政界でも大物だ。
 今は一線を退いており、持ち前の人間関係から若い党員の世話を焼いているのだとか。結婚相談もやっていると多々聞く。

「面倒事ばかり起こすのは今も昔も変わらん。シズカの件もアイツが発端だ。ワシが火消しをした」
「……ご苦労さん」

 そして、ターゲットはショウコさんへ。ヤツとはアベ○ジャーズによる正面突破で決着は着いた。裁きを下すために戦場は法律界隈へと移動している。

「お前も他人事じゃねぇぞ」
「わかってるよ。でもさ、『神島』としては、アヤさんの事はどう判断したの?」

 圭介おじさんも元は『雛鳥』で『白鷺』へ姓を変えた経緯がある。
 父さんよりも『神島』に対して感銘を受けた様子が全てを継ぐ為にジジィの元で多くを学んだとか。『古式』もその内の一つである。

 それがある日、理由もなく忽然と姿を消した。

 ジジィはその動向を追ったものの、見つけることは出来なかったらしい。当時はマジでブチ切れてたからなぁ。しばらくオレは母屋から離れて『雛鳥』で生活するくらいに、ばっ様しか近づけなかった。

 見つけ出して始末する。

 日本に居ないと解るや否や、パスポートを取り寄せて世界中から捜し出そうとした所をばっ様に諭されて、仕方無しに胡座を掻いたのだ。
 その一件から『神島』の跡継ぎは本格的に諦めたとか。

 そんな事がある『白鷺』から、娘であるアヤさんがやってきた。

 状況的に見れば『神島』の技術と信頼を裏切り、逃げた一族。しかも、圭介おじさん、当人ではなく娘が来たとなれば、ジジィの怒りが再燃してアヤさんへ当たってもおかしくない。

「『白鷺』は許した。今さらキレるのも面倒だ」

 どうやら自分と圭介おじさんのイザコサにアヤさんを巻き込むのは間違いだと判断した様だ。まぁ、ジジィがアヤさんを虐めるなら、オレは全力で戦ったけどな!

「とか言ってさ。アヤさんのルックスに絆されたんじゃないの?」

 容姿端麗で性格も良い才女。正直言って『神島』の跡継ぎとしては申し分ないだろう。孫娘には甘々なジジィだし。

「アホ言え」

 まぁ、ジジィは外見で人を見ない。それは、あらゆる場面で致命傷となるからだ。

「お前はどうするつもりだ?」
「アヤさんの事?」
「他に何がある?」

 ジジィの言いたい事は話の流れから解る。そして、オレのやる事は変わらない。

「全部終わったら判断するよ。オレじゃ無くてアヤさんがね」
「そうか」

 少し気だるそうな、そうか、にジジィは結構無理して話をしていたのだと悟る。

「もう、寝ててよ。アヤさんの事はオレが何とかするからさ」
「ふん。マヌケをやらかすなよ」

 そう言ってジジィは横になるとオレに背を向けた。その様子に、やれやれ、とオレは立ち上がる。ちょっと足が痺れて転びそうになった。

「ケンゴ」

 扉に手を掛けた所で名前を呼ばれ止まる。振り向くとジジィは背を向けたままだ。

「ゆっくりしてけ」
「……言われなくてもそうするよ」

 と、オレはその言葉が嬉しくて自分の口許が笑っていると感じた。
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登場人物紹介

鳳健吾(おおとり けんご)。

社会人。26歳。リンカの隣の部屋に住む青年。

海外転勤から3年ぶりに日本に帰って来た。

所属は3課。

鮫島凜香(さめじま りんか)。

高校1年生。15歳。ケンゴにだけ口が悪い。

鮫島瀬奈(さめじま せな)

XX歳(詮索はタブー)。リンカの母親。ママさんチームの一人。

あらあらうふふなシングルマザーで巨乳。母性Max。酒好き。

谷高光(やたか ひかり)

高校1年生。15歳。リンカの幼馴染で小中高と同じ学校。雑誌モデルをやっている。

鬼灯未来(ほおずき みらい)

18歳。リンカの高校の先輩。三年生。

表情や声色の変わらない機械系女子。学校一の秀才であり授業を免除されるほどの才女。詩織の妹。

鬼灯詩織(ほおずき しおり)

30代。ケンゴの直接の先輩。

美人で、優しくて、巨乳。そして、あらゆる事を卒なくこなすスーパー才女。課のエース。

所属は3課。

七海恵(ななみ けい)

30代。1課課長。

ケンゴ達とは違う課の課長。男勝りで一人称は“俺”。蹴りでコンクリートを砕く実力者。

黒船正十郎(くろふね せいじゅうろう)。

30代。ケンゴの勤務する会社の社長。

ふっはっは! が口癖で剛健な性格。声がデカイ。

轟甘奈(とどろき かんな)。

30代。社長秘書。

よく黒船に振り回されているが、締める時はきっちり締める。

ダイヤ・フォスター

25歳。ケンゴの海外赴任先の同僚。

手違いから住むところが無かったケンゴと3年間同棲した。四姉妹の長女。

流雲昌子(りゅううん しょうこ)。

21歳。雑誌の看板モデルをやっており、ストーカーの一件でケンゴと同棲する事になる。

淡々とした性格で、しっかりしているが無知な所がある。

サマー・ラインホルト

12歳。ハッカー組織『ハロウィンズ』の日本支部リーダー。わしっ娘

ビクトリア・ウッズ

30代。ハロウィンズのメンバーの一人で、サマーの護衛。

凄腕のカポエイリスタであり、レズ寄りのバイ。

白鷺綾(しらさぎ あや)

19歳。海外の貴族『白鷺家』の侯爵令嬢。ケンゴの許嫁。

音無歌恋(おとなし かれん)

34歳。ママさんチームの一人で、ダイキの母親。

シングルマザーでケンゴにとっては姉貴みたいな存在。

谷高影(やたか えい)

40代。ママさんチームの一人であり、ヒカリの母親。

自称『超芸術家』。アグレッシブ女子。人間音響兵器。

ケンゴがリンカに見せた神ノ木の里

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