第495話 23年前 南太平洋にて

文字数 2,394文字

「譲治お爺様。お時間をよろしいでしょうか?」

 公民館で、怪我の経過確認と包帯を取り替えを終えたジョージは母屋に戻ろうとした所でアヤに声をかけられた。

「ああ、いいぞ。トキ、今回使った医療品は補充しておけ。後、救急箱を開けたらタツヤに連絡を行くようにするな」
「なんじゃ、バレとったのか」
「ワシ以外にタツヤに連絡するヤツは居らん。もし、お前がしたにしては動きが早過ぎる」
「やれやれ、しょうがないのぅ。それなら次はトイレのドアに信号センサーつけとくわ」
「止めろ」

 ケッケッケ、と笑いながらトキは残りの熊肉を包みに台所へ行った。

「歩きながらで良いか?」
「はい」





「ケンゴとの婚約は解消したようだな」
「……はい」

 ジョージは母屋へ歩きながらアヤと会話を始める。周囲には、大和、武蔵、飛龍の三匹が警護の様に続いていた。

「良かったのか?」
「……この関係が一番落ち着くと思ったのです。それに、お兄様はとても芯の強いお方でした。私よりも、ずっとずっと――」
「……そうか」

 あのマヌケがそんな筈はないだろう、とジョージは思ったが、アヤがそれで納得してる所に水を差すのも野暮なのでその言葉は仕舞っておく事にした。

「故にその心の奥底で苦しんでいる様にも思えるのです」
「……ケンゴの事は圭介から何か聞いているか?」

 アヤは首を横に振る。ケンゴの行動の違和感と、誰も愛せないと言う嘘の無い本気の言葉。
 彼は他の人に寄り添う心は持っているが……一つ壁を隔てて接している様に感じたのだ。

「お兄様の過去に何があったのですか?」
「……『ウォータードロップ』。圭介から聞いた事は?」

 初めて聞く単語にアヤは少し考える。

「ウォーター……ドロップ? ございません」
「まぁ、お前の生まれる前の話だからな。知らないのも無理はない」
「一体、何なのですか?」
「……ある客船が事故により遭難し、半年間海を漂流した。そして、考えられる限りの“最悪”が起こった」
「……お兄様は、その事件の生存者なのですね?」
「ワシも詳細は解らん。ある程度の推測は立つが……掘り起こすのは色々と面倒な事になる」
「ですが……」
「地獄が蓋を開いたのだ」

 ジョージ程の人間が“地獄”と表現する事の意味。アヤは思わず口を紡ぐ。

「結局の所、全ては憶測に過ぎん。この件はアイツが自分から話すまで下手に触れるべきではない」
「…………ですが……苦しんで居られるのであれば、手を差し伸べなければずっと苦しみ続けることになります」
「アレは一人二人の事で収まる事案ではないのだ」

 ずっとケンゴの近くにいたジョージがここまで断言する程に触れようとしない。本当に知るべきではない事なのだろう。しかし、アヤはここで足を止めるには納得が出来なかった。

「お爺様は……お兄様が話さずとも何かご存知なのですか?」
「……23年前、漂流した客船を見つけ、アイツを保護したのはワシだ」
「教えてくださいませ」
「…………」

 ジョージは身内に全員に語った、ケンゴを発見した当時の事をアヤにも語る。





 23年前。南太平洋のどこか。

「ジョージ」

 中型漁船『ガルート号』は漁の他に輸送船としての側面も持つ。その船長マッケランはこの道40年のベテランだった。
 彼は代わり映えのしない海を連日のように双眼鏡で見る初老の男に声をかけた。

「もうこの辺りの近海を航海し一週間になる。海のど真ん中で遮蔽物は何もない。展望からの見下ろしでも調べたし、『ウォータードロップ』の航海ルートは一通り船を動かした。それでも見つからないと言うことは沈んだと言う事だ」

 例の『ウォータードロップ』が連絡を途絶えてからマッケランも捜索の依頼を受けて、この海域を通る際には気にかけていたが、船の影さえも見たことがない。

「……マッケラン、人を多くの乗せる客船はそう簡単に沈むのか?」
「可能性は微々たるモノだろう。しかし、絶対に無いとは言いきれない」

 マッケランは恩人である『ハロウィンズ』のマザーから、ある二人に協力して欲しいと言う頼み事を引き受けた。

 現れたのは初老の夫婦。妻の方は気さくなで船員達とすぐに打ち解けたが、夫の方は常に険しい表情をし、目的の海域に入ってからは双眼鏡を手放した事がない。
 彼らはここ半年で度々やってくる『ウォータードロップ号』を捜索する一組だった。

「……確信が欲しい。曖昧のままでは帰れん」

 意地ではなく、懇願するような言葉にマッケランはこの辺りの船乗りしか知らない情報を教える事にした。

「この辺りは特殊な海流が発生する。エンジンをかけて進めば殆んど影響の無いモノだが、停止していれば流されるのだ」
「そんな情報はなかったが?」
「海では、衛星や又聞きの情報など頼りにはならんよ。結局は経験がモノを言う。理由は不明だが例の海流を沿うように、積乱雲が発生しやすい事でも知られている」
「ワシらは一度も遭遇していないぞ?」
「意図的に避けているのだ。海は嘗めると死ぬ。自ら嵐に突っ込むなど自殺行為だからな」
「……マッケラン、海流について少し教えてくれ」
「構わんよ」

 ジョージはマッケランと共に船室へ向かう。すると、トキが船の側面で船員と魚を釣っていた。

「うぉぉ! この引き……マグロじゃな!」
「マジかよ、トキサン! 絶対に釣り上げなきゃ!」
「昼は刺身じゃ! ワシがさばいてやるぞ!」
「ヤッフゥ! ショックアンカーを持ってこい!」
「逃がさんぞぉ! ツナマヨにもして堪能してやるわい!」

 テュ(ツ)ーナ! テュ(ツ)ーナ! と声を上げる船員達。
 海上では代わり映えのしない海産系ばかり食べる彼らは、調味料を大量に持ち込んでバリエーションが豊富なトキの料理をすっかり気に入っていた。今回の獲物で何を作ってくれるのか楽しみでしょうがないらしい。

「マッケラン、アイツが騒がしくてスマンな」
「いや、気にしてはいない。ツナマヨか……旨そうな響きだな」
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登場人物紹介

鳳健吾(おおとり けんご)。

社会人。26歳。リンカの隣の部屋に住む青年。

海外転勤から3年ぶりに日本に帰って来た。

所属は3課。

鮫島凜香(さめじま りんか)。

高校1年生。15歳。ケンゴにだけ口が悪い。

鮫島瀬奈(さめじま せな)

XX歳(詮索はタブー)。リンカの母親。ママさんチームの一人。

あらあらうふふなシングルマザーで巨乳。母性Max。酒好き。

谷高光(やたか ひかり)

高校1年生。15歳。リンカの幼馴染で小中高と同じ学校。雑誌モデルをやっている。

鬼灯未来(ほおずき みらい)

18歳。リンカの高校の先輩。三年生。

表情や声色の変わらない機械系女子。学校一の秀才であり授業を免除されるほどの才女。詩織の妹。

鬼灯詩織(ほおずき しおり)

30代。ケンゴの直接の先輩。

美人で、優しくて、巨乳。そして、あらゆる事を卒なくこなすスーパー才女。課のエース。

所属は3課。

七海恵(ななみ けい)

30代。1課課長。

ケンゴ達とは違う課の課長。男勝りで一人称は“俺”。蹴りでコンクリートを砕く実力者。

黒船正十郎(くろふね せいじゅうろう)。

30代。ケンゴの勤務する会社の社長。

ふっはっは! が口癖で剛健な性格。声がデカイ。

轟甘奈(とどろき かんな)。

30代。社長秘書。

よく黒船に振り回されているが、締める時はきっちり締める。

ダイヤ・フォスター

25歳。ケンゴの海外赴任先の同僚。

手違いから住むところが無かったケンゴと3年間同棲した。四姉妹の長女。

流雲昌子(りゅううん しょうこ)。

21歳。雑誌の看板モデルをやっており、ストーカーの一件でケンゴと同棲する事になる。

淡々とした性格で、しっかりしているが無知な所がある。

サマー・ラインホルト

12歳。ハッカー組織『ハロウィンズ』の日本支部リーダー。わしっ娘

ビクトリア・ウッズ

30代。ハロウィンズのメンバーの一人で、サマーの護衛。

凄腕のカポエイリスタであり、レズ寄りのバイ。

白鷺綾(しらさぎ あや)

19歳。海外の貴族『白鷺家』の侯爵令嬢。ケンゴの許嫁。

音無歌恋(おとなし かれん)

34歳。ママさんチームの一人で、ダイキの母親。

シングルマザーでケンゴにとっては姉貴みたいな存在。

谷高影(やたか えい)

40代。ママさんチームの一人であり、ヒカリの母親。

自称『超芸術家』。アグレッシブ女子。人間音響兵器。

ケンゴがリンカに見せた神ノ木の里

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