第52話 甲子園準々決勝
文字数 1,996文字
「聞いてたし、理解してるよ。馬鹿にすんなよ、音無」
嵐君は腕を組んでシズカを見る。その眼は責めているモノではなかった。
「鳳さん、シズカちゃんは一度ちゃんと家族と話すべきッス」
「それはシズカが決める事だ」
「シズカちゃん、少しでも家族と一緒に居たいって思うなら今すぐにでも帰って話した方が良い」
「――先輩」
ダイキは何かに気づいた様だった。嵐君はシズカと重なる事でもあるのだろうか。まさか彼も――
「オレは寮生ッスけど、野球を教えてくれたじいちゃんが倒れた時、試合で見舞いに行けなかったんです」
おっと、そっちか。
「なる程、君は家族が生きているからこそ、今のうちに会うべきだと――」
「? じいちゃんは生きてるッスよ? 腰をやって倒れただけッス」
むちゃくちゃ変化球投げてくるじゃん、嵐君。オレは喋らない方がいいな。
「終わってから後悔するよりも、それまで全力を尽くして、やることをやってみるのが必要だって事ッス」
じいちゃんの件はあんまり関係なさそうだけど、彼の中では重要なキッカケだったのだろう。
「俺が言いたい事は――」
と、嵐君の語りを中断する様にダイキの携帯が鳴った。嵐君はピタリと止まる。申し訳なく携帯を見るダイキ。
「先輩、監督がもう帰って来いって」
絶妙なタイミング。さて、話の腰を折られた嵐君の次の言葉は――
「シズカちゃん。明日の試合、見ててくれないか? 絶対ホームランを打つ!」
話が全然繋がらない。さては嵐君。君は考えをまとめるより口が先に動くタイプだな?
「あ、シズカ君とかの方がよかったか。とにかく、明日の試合を見ててくれ! 宣言する! 絶対に打つ! んで、打ったホームランボールをやるから、それを持って家族と話すんだ!」
色々とツッコミ所が多いが、シズカも何かが伝わった様に嵐君を見る目が変わった。
「わかったべ……」
シズカの言葉に、ニッと笑って嵐君は席を立つ。
「嵐君。俺らとLINEを交換しとこっか。ダイキも」
「あ、そッスね」
威風堂々と歩いて行こうとする二人の背中を呼び止めて、オレらはポチポチと連絡先を交換した。
『さて、間も無く甲子園準々決勝が始まります。やはり上がって来たのは鉄板と言いますか……白亜高校ですね、大竹さん』
『そうですね。一回戦、二回戦と順当な戦いを見せ、堅実な試合プランで最も理想的な形で上がって来ています』
『対して対戦校のインターナショナルハイスクールは、凄まじい攻撃力を本大会では誇示していますね』
『インナイは、最新の動きや身体作りを行っている最先端のチームです。それに耐え、完成した主力メンバーは全員が高校生の枠を抜けていると言っても良いでしょう』
『やはり、日本人としての体格と外国人では骨格から差がありますね』
『さしずめ、最新VS最古と言ったところです。しかし、野球とは九回裏のスリーアウトを取るまで何が起こるのかわかりま――』
大竹さんの解説がオレのアパートの居間に響いていた。大竹さんもインナイ呼びしてるところを見ると、やっぱり文字数が多いと読むのが疲れるのだろう。
盆休み三日目。今日は外出せず、シズカと共に甲子園の準々決勝を観ることにした。
「シズカ、ジュース飲むか?」
「烏龍茶でええ」
「ほいよ」
シスカはテレビの前に座って試合開始を朝から待ちわびている。
「嵐君に連絡せんの?」
「……観てないと思われる方がええ」
「あんまり昨日の事は気にするなや」
「それは……大丈夫じゃ」
シズカは意外にも不安な様子はない。寧ろ、何か“答え”を得るために試合を観る様だ。
『両校整列。間も無く試合が始まります』
“あんな外人部隊、ぶっ飛ばしなさい”
整列の後にベンチに戻ったダイキは、ヒカリに送ったLINEにそんな返事が来ているのを見て笑った。
「音無、ニヤけて無いで準備しろ」
「はい」
いつも通り背中を叩いて貰った。戦意は十分だ。
「今回は後攻だ。全員、守備につけ」
コイントスを当てて後攻を選択した主将の言葉にダイキはバットではなく、グローブを取る。
「皆さん、いつも通りに行きましょう」
「はい!」
監督の言葉に心を引き締める一同、その中でもダイキは一層集中している嵐に声をかける。
「嵐先輩」
「なんだ?」
「シズカさん、観てますよ」
その情報は何もない。しかし、直感的に二人はこの試合を観てくれていると感じていた。
「音無。今日はお前は、脇役やれよ」
「僕は先輩たちをリスペクトしかしてません」
「言いやがる」
へっ、と笑う嵐と、ニコニコするダイキはグローブを合わせると、ショートとファーストへそれぞれ向かった。
最初のバッターが立つ。
背が低く、バットをコンパクトに持つ。身軽で足が速そうだ。
昨日の温存した白亜高校エースにして副主将の明智は、いつも通りにボールを受け取る。ちなみに、
「プレイボール!」
審判の宣言と共に試合が始まった。