第314話 その真相は年末に分かる
文字数 2,072文字
それは厳格な神島の大元であり、猟銃を仕舞っている事からも、村人でも特に用事が無ければ立ち寄ることは厳禁とされていた。
「ばっ様居るかー?」
バイクの運転手はスタンドを立ててエンジンを切り、手紙を持つとフルフェイスで母屋に声を出す。
「何じゃ竜二、手紙か?」
丁度、庭の草むしりをしていた老人がバイクの運転手であり、シズカの実兄――
「お、おぉ……じっ様」
全盛期は当の昔に過ぎているとは言え、その声に萎縮する者は多い。竜二は彼の事は苦手であった。
「おお、竜二。どうした?」
「ばっ様」
助かった。と言いたげな声色を母屋から現れた老婆に向ける。老人は、そんな竜二に嘆息を吐き、草むしりの手を再開した。
「手紙じゃ」
「いつもありがとのぅ。誰からじゃ?」
「
「ほーん。じっ様や、ミコトからじゃ。ラブリーかもしれんで」
「なんだそりゃ。面倒事だったら燃やせ」
「ほっほ」
老婆は手紙を受け取る。
「ケンちゃんからは来とらんか?」
「ゴの兄貴から無いのぅ。何か来る予定でもあるんか?」
「年末帰って来るで」
「え? マジ?」
竜二はケンゴと老人が喧嘩別れの様な形で飛び出したと聞き、六年の間、里に戻っていない事もあってずっと戻らないと思っていた。
「マジじゃ。のぅ、じっ様」
「ふん」
そう言ってザクザク草を刈る老人。その背中を見て老婆は、ほっほほ、と笑った。
「嫁を連れて来るそうじゃ。おっぱいの大きい女子高生じゃと」
「……ゴの兄貴。六年で変態になったんか?」
「その真相は年末に分かる」
ビシ、と指を指す老婆。
あ、これは、ばっ様のジョークだな。と竜二は解釈した。
「しかし、このタイミングで
「里から出た“鳥”か?」
「白鷺とは違って、外から情報を入れる“鳥”じゃ。まぁ、今じゃ殆んど意味はないがのぅ」
「あのアホが手紙を送る時はロクな事が無い」
老人は面倒事を持ち込みよって、と草を刈る。竜二は老婆へ訪ねた。
「そうなんか?」
「シズカの縁談あったじゃろ? あれ、ミコトの計らいじゃ」
夏にあった妹の縁談。当然、竜二も事の顛末を全て聞いており、今ではシズカに対する接し方も変わっている。
「確かクロガネとか言う議員の息子じゃったな」
妹が絶世なのは竜二も分かる。高校の同級生なんかもシズカの写真を見た時は、紹介してくれ、と何人も頭を下げに来た程だ。
「シズカの事に対して滅茶苦茶、手紙が来てたで?」
里の郵便局に勤めている竜二は、その手の手紙を何通も確認していた。
縁談は事態は、シズカの気が合わない、と言う理由で取り消しとなっている。
「縁談破棄の理由に納得しとらんかった様じゃからのぅ。じっ様が直接、クロガネの坊主に連絡して黙らせたんじゃ」
「……」
執着じみた連絡がピタリと止んだのは、老人が圧をかけたらしい。怒らせると怖いのだと改めて理解した。
「余計な問題を毎度毎度持ち込みよる。あのアホは」
老人のイラつき先は発端を作る『烏間』に向けられる。
その様子に老婆は、ほっほっ、と笑い、竜二は少しハラハラした。
「まぁ、出会いも少ないのは事実じゃからのぅ。じっ様もケンちゃんがここに居たら、利用したくせに」
「ふん」
竜二はケンゴの里での立場はどことなく察している。老人の跡目を継ぐとも言われていたが、ケンゴは里を出た事からも“神島”は本当に今代で終わる様だ。
「どれ、見てみるか。竜二も見るか?」
「ええんか?」
「どうせ、良い人居まっせ、とか言う内容じゃ。竜二の相手も書いてあるかもやで?」
「おお。マジか」
それとなく期待する竜二は、老婆が封を開けた手紙を横から覗き見る。
「えーっとなになに?」
“此度は先方の薦めで健吾氏に引き合わせたい良家があり連絡をさせて貰いました。家柄は――”
「『
その名前に老人は鎌を刈る手を止めた。
「写真もあるのう」
「……え? これ、ゴの兄貴の嫁か? めっちゃ可愛いやけど」
「まぁ『白鷺』じゃしのぅ。それにしてもミコトも図太いのぅ」
「トキ」
と、いつの間にか近寄って来ていた老人が手を差し出していた。その雰囲気に竜二は思わず萎縮する。
「見せろ」
「ほいな」
老婆は手紙と写真を渡す。老人は一通り読むと手紙を返した。
「ミコトを呼べ」
「連絡はするが、多分すぐには来ないと思うで。こうなる事は読んどるハズじゃからな」
老人が怒る所も織り込み済みだろう。その上でこの縁談を送ってきたのだ。
「竜二」
「は、はい!」
「アイツが里に来たら真っ先にワシに連絡しろ」
「わ、わかりました。ばっ様、そいじゃあの!」
老人の圧に、その矛先を向けられたらたまったモノではないと竜二は去って行った。
「もー、別に許してやったらええやんか」
「直接謝りに来たらな。あの腰抜けにこの地を踏む度胸があればの話しだが」
そう言って老人は草刈りに戻り老婆は、やれやれ、と母屋へ戻った。
「ふむ……」
流石に何かしらの反応はせんとな。
老婆は手紙の番号を見ながら黒電話のダイヤルを回した。