第492話 これからよろしくお願いします
文字数 2,900文字
危なかったぜぇ……アヤさんは本気の時は履いて無かったからな! デートと言う名目はそれなりに緩く考えていてくれたようだ。
しかし……サイズが合わなくても簡単に着れるYシャツをチョイスするべきではなかった! 上は透けてないが――透けてない? まさか……ノーブ――
「ふふ。皆さん、可愛いです」
と、小動物達はそんなアヤさんの周りをウロウロして遊んでいる。まぁ……今の彼女にエロスを感じるのは同種の動物だけだから、オレが気にしなければ済む話かぁ……結構試練だな、オイ。
「ケンゴ様」
「うん? なーにー?」
なるべくアヤさんを見ない様にしよう。すると、彼女はそのまま横に傾いて体重を預けて来る。
「貴方様が夫である事をとても嬉しく思います」
「あ……あー、そのーことなんだけどー」
その言葉にアヤさんは傾きを起こしてオレを見る。
「オレはアヤさんと結婚する気は無いよ」
「……理由を教えてくださいませ。私に不都合があるのでありましたら、全力で治します」
「いやいや、アヤさんに非の打ち所は無いよ!」
「では……まさか、既に御婚姻なされていらっしゃったのですか!? それともお付き合いしている方が……それならば……アヤはなんと言う事を……」
アヤさんは取り繕わない自分の事は名前で呼ぶんだ。可愛いなぁ……って! 彼女の一面にほっこりしている場合ではない!
「結婚もしてないし、付き合ってる人もいないよ。ミコ婆からある程度の説明は受けてるでしょ?」
「ですが……ミコトお婆様の調査結果から本日までの僅かな間に籍を入れる可能性もありましたので」
スピード婚にも程がある。とにかく、婚姻関係による破談ではない事だけはわかって貰わねば。
「オレ自身の方に問題があってさ。何て言うか……そうだねぇ、人を本気で好きになれない感じ」
「その様には見られませんでしたが……」
「これまた変な感じでさ、性欲の方はきちんとあるんだよねぇ。言ってる事、ワケわかんないと思うけど……」
「……解ります。ケンゴ様は少なくとも嘘をついておりません」
彼女の本質を見る慧眼に感謝。となれば、今の状況は結構おかしい事になる。
アヤさんはオレと結婚するつもりで、ついてきて、滝壺に落とされて、ずぶ濡れになって、叱られたのだから。
あ、これって事件にならんか? 結婚詐欺とか……傷害事件とかの方で……
「その……なんかごめんね。色々とホントにごめん」
オレは気まずく、アヤさんへ謝る。
「私自身も……少し驚いているのです」
と、アヤさんは意外にも不満や不平は無い様だった。
「なんだか……ケンゴ様との関係は夫婦よりも相応しい関係があるのではないかと感じています」
「あー、うん。そうだと思うよ。迫ってくるアヤさんってだいぶ無理してる感じだったからさ」
「……不慣れであったとは思います」
「いや本質的に、これじゃない、って思ってても無理やり動いてる感じだったよ? 何か……行動と考えに歯車が噛み合ってない感じ」
それもそうだ。彼女が心から愛しているのは圭介おじさんと奏恵おばさんなのだから。無理にオレを愛そうとしても上手く行くハズはない。
アヤさんは“純粋”だから、本心と解離した行動は上手く行かないのだろう。
「ですが……父の事を思えばこそ、やはり『神島』に根を下ろさねば」
「え? なんだ、そんな事を考えてたの?」
オレはアヤさんがここまでやって来た本心をようやく知る事が出来た。
「そ、“そんな事”ではありません! 御父様は……故郷の地を慈しんであられます!」
「だったら普通に帰ってくればいいよ。君が連れてくればいい」
「ですが……譲治お爺様のお心は――」
「じっ様は『白鷺』を許すって言ったんでしょ? なら、圭介おじさんを許したのと同じ事じゃない?」
「それは……言葉のあやでは?」
「いいのいいの。じっ様は素直じゃないからさ。圭介おじさんも変に深く考える事があるし、そんな二人の間を取り持つことが出来るのはアヤさんだけだよ」
確執のある人間同士の関係を改善できるのは、双方から理解されている人間だけだ。
社会人なら誰もが知っている事だけど、身内の事になると盲目的になるアヤさんは思い付かなかったのだろう。
「私に……出来るでしょうか?」
「余裕余裕。じっ様は孫娘にはとことん甘いんだ。それに昨日、コエちゃんを助けに行く時も言ったと思うけど、感情は伝染するんだ」
彼女の“純粋”さが間に入れば、きっとジジィと圭介おじさんは互いを理解し合えるハズだ。
まぁ、第三者から見ていれば話さえ出来れば色々とわだかまりは解けそうな感じだけどね。
「君が圭介おじさんに出来る最初の親孝行だよ」
「――私、頑張ります」
「うん。君なら大丈夫だ」
新しい目標も与えられて奏恵おばさんの事も自分の中で整理出来たようだ。
「……その……ケンゴ様」
「なに?」
「今後は……その……」
アヤさんは、なんか恥ずかしそうに言いたい事が詰まっている感じだ。微笑ましく思ったが、困っている様子なのでこちらから尋ねる。
「遠慮なくどうぞ。今さら何を言われてもビクともしないからさ」
「そ、それでは! 改めまして……今後は……お兄様とお慕いしてもよろしいでしょうか!」
アヤさんの意を決した主張に、オレは眼が点になる。
何故に? その様な結論に至るのか、ふぅ……天才の思考は凡人には理解できねぇぜ?
「えっと……なんでその結論に至ったのかなー?」
「そ、その……ずっと兄妹と言うものに憧れて……まして……その……叱ってくれた時……お兄様が居れば……こんな感じかなーって……ああ! わ、忘れてくださいませ! こんな……こんな提案するなんて……アヤは……どうかしています……」
顔を手の平で覆って頭から煙を出すアヤさん。いきなり許嫁からお兄様にクラスチェンジか。
しかし、これはランクアップなのかダウンなのか、微妙にわからないぞ。いや、まてよ――
オレは自分の頭の中で、全ての関係の整合性が取れる事を思い付く。
「アヤさん」
「はい……」
「前にも言ったけど、この里じゃ年下は全部オレの弟妹だ。だから、君がオレの事を兄のように慕う事は何も問題ないよ」
これが全てにおける解決方法だ!
アヤさんは許嫁としてやってきたけど、それは互いの意思を尊重し破談! そして、彼女はオレの妹として収まる寸法よ!
そうすれば今後の関係が気まずくなる事はないし、『神島』の関係者でもオレよりも年下の男女はそうやって見てきたと知っている!
その形に落ち着いても周りはとやかく言わないだろう! 言ってきたら、今までそうしてきましたけど何か? って返せるからね! ハイ、勝ったー!
「そ、それでは……これからよろしくお願いします……ケンゴお兄様」
「あんまり関係は変わらなさそうだけどね」
オレはそう言って笑うが、何とかなったと心の中では安堵の息を吐いた。
本当に女難が凄まじいなぁ。危うくアヤさんを不幸にする所だった。それに――
オレは……最終的には人を不幸にしか出来ない。そんなオレが、誰かと一緒になる権利はどこにも無いからだ……