第587話 人を助ける拳

文字数 2,380文字

 息をのむ。
 即座に踏み出す事を躊躇する現象を、目の当たりにした時に発動する意識の硬直をそう表す。

 大宮司亮VS佐々木光之助。
 スペシャルゲストの提案で起こったソレを、体育館の人間の全員が言葉も失って“息をのんで”いた。
 ただの思いつきで余興。だが、その緊張感は本物だった。

 人生に置いて、“最も素晴らしいと思える戦い(ベストバウト)”とは?

 そう問われればその時、場に立ち会った全員が口を揃えてこう言うだろう。

 大宮司亮と佐々木光之助の戦いだった、と。

 その言葉通り、その戦いは当事者二人の認識を大きく変える出来事になった。





 戦っている者達の間には“息をする瞬間”がある。それは生物的な呼吸の事ではなく“攻め”が止まる瞬間を指す。
 佐々木が行った、その瞬間を見切って大宮司が攻めに転じたのだ。

「――――」

 佐々木は向かってくる大宮司に驚異は欠片も感じなかった。それどころか――

 ああ、そうか。君は随分と不器用のようだ。

 上段蹴り。丸太が振り回された様な迫力を感じつつも大宮司のソレは容易くかわせるモノたった。佐々木は上半身を反らして眼前を旋回する足をかわす。

「…………」

 空振る事でついた勢いを利用する大宮司は、その体格を沈めて更に回転。足払いが一連の流れで佐々木を襲う。

「――っと」

 とん、と後ろへステップし、範囲から逃れる。
 手加減。明らかなその動きに佐々木は大宮司が実力を抑えていると察した。しかし、ソレは口では指摘しない。
 本気を引き出させてこそ、己の真価を証明できると言うものだ。

 君の拳は俺に何を教える?

 多くの事を貪欲に感じ取る佐々木は、足払いから起き上がる大宮司へ仕掛けた。
 接近の勢いから右ストレート。今度は当てに行く打撃。大宮司の頬を捉える。

「――素人のつもりは無いんだけどね」

 スリッピング・アウェー。
 大宮司は首を動かして、右ストレートを完全にいなしてした。そして、トン、トン。と、佐々木は胸部の中心線に軽く肘を貰う感覚に身体が後ろへ下がる。
 威力は無かった。しかし、佐々木の身体は吹き飛ばされた様に後方に下がる。

 佐々木は格闘技を誇るつもりはない。彼の本職は役者であり、得た経験や知識の中で必要なモノを伸ばしただけだ。
 対して大宮司は、己の拳の一点だけを極め続けている。

 君の極めたモノをどれ程、俺は見せられる?

 佐々木のハイキックを大宮司は見切ってかわす。しかし、佐々木は更に駒のように回っり、更に蹴りを見舞う。スタイルをカポエラに切り替えた。

 獰猛でも荒々しくもない。けれど、弱々しさも無い。君にとって“強さ”とは己の信念を貫く為の過程に過ぎないのか。俺が役者を極める為に他の要素を取り入れる様に――

 佐々木は回り、大宮司はその蹴りを身を引いて避け続ける。

 見せて欲しい。君の立っている場所は、君の目指すモノは一体何なのか――

 その時、ガシッ、と足首を掴まれた。
 見ると場所はいつの間にかリングの端まで移動しており、大宮司の背後にはリンカが居る。

「――――」

 大宮司が足を離すと佐々木は後ろに転がりながらリングの中央へ戻る。視線を前に戻した時には大宮司が既に間合いの中に存在し、咄嗟に右ストレートを放つ。

「……参ったな」

 その放った右ストレートを大宮司は手の平で受け止めて自身の拳を握る。
 食らえばただでは済まない。しかし、佐々木はこの状況でも大宮司の拳に恐怖を感じなかった。

 その拳を得る為の道のりは決して容易くは無かったハズだ。とても傷だらけに見える拳だが、それ以上に――

「君は俺よりも遥かに素晴らしい人間だ」

 己の決めた道のりを遥かに先まで歩き続ける大宮司の“人を助ける拳”に魅せられ、思わず笑ってしまった。





 大宮司の拳は佐々木の身体に当たる寸前で止められた。そして、掴んでいた手もゆっくり離す。

「おや? 打ち抜かないのかい?」
「俺は最初から……貴方を殴るつもりはないです」
「残念だ。しかし、俺が悔しさから引き下がらなかったらどうする?」
「それは無いと思ってます」
「へえー、なんでかな?」
「佐々木さんは、とても満足そうな顔をしているので」

 大宮司に言われて佐々木は驚き、フッ、と笑うと周囲の生徒達へ声を向ける。

「皆、これで俺が役作りだけの人間じゃないって理解してくれたかな? そして――」

 と、大宮司へ視線を向けて手をかざす。

「彼も力強い拳を持つが、俺と同じでソレを振るうだけの人間じゃない。敬意のある生き方をしている。それは、見ている君達に見たんじゃないかな?」

 目の前の戦いを見ていた生徒達も大宮司のの様子を感じ取っていた。
 噂から知れずと恐怖の対象になっていた大宮司の拳。しかし、それは暴力を前提としたモノでは無かった。
 すると、生徒会長の遠山がリングの中に割って入る。

「諸君! 世間や他人の評価に流されてはならない! 今、見たモノが証明になったハズだ! 大宮司君は……意図して傷つける様な拳は持ち合わせていないのだと!」

 遠山の言葉に、生徒達は言い現れない感情を代弁してくれた事を認める様にパチパチと拍手が巻き起こった。

「大宮司君。君が不器用過ぎて、皆が解ってくれたのが今になってしまったよ」
「……あまり、称賛を向けられるのは慣れて無いんだ。遠山、俺は退散するよ」

 大宮司は佐々木に一礼すると、拍手の中、リンカとヒカリに声をかけて道を開ける生徒達にお礼を言いつつ、体育館から出て行った。
 その様子を見届けた佐々木は遠山から、どうぞ、とマイクを献上されて受け取ると舞台の上に戻る。

『俺ばっかりが楽しんでばかりじゃいられないな! 次は皆で盛り上がろうか! 実はとあるゲストと共演する事にしていてね! 『フォルテ』の方々と!』

 その言葉と共に舞台袖から現れた『フォルテ』の面々を見て、ワァァァ!! と体育館は一層の盛り上りを見せ始めた。
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登場人物紹介

鳳健吾(おおとり けんご)。

社会人。26歳。リンカの隣の部屋に住む青年。

海外転勤から3年ぶりに日本に帰って来た。

所属は3課。

鮫島凜香(さめじま りんか)。

高校1年生。15歳。ケンゴにだけ口が悪い。

鮫島瀬奈(さめじま せな)

XX歳(詮索はタブー)。リンカの母親。ママさんチームの一人。

あらあらうふふなシングルマザーで巨乳。母性Max。酒好き。

谷高光(やたか ひかり)

高校1年生。15歳。リンカの幼馴染で小中高と同じ学校。雑誌モデルをやっている。

鬼灯未来(ほおずき みらい)

18歳。リンカの高校の先輩。三年生。

表情や声色の変わらない機械系女子。学校一の秀才であり授業を免除されるほどの才女。詩織の妹。

鬼灯詩織(ほおずき しおり)

30代。ケンゴの直接の先輩。

美人で、優しくて、巨乳。そして、あらゆる事を卒なくこなすスーパー才女。課のエース。

所属は3課。

七海恵(ななみ けい)

30代。1課課長。

ケンゴ達とは違う課の課長。男勝りで一人称は“俺”。蹴りでコンクリートを砕く実力者。

黒船正十郎(くろふね せいじゅうろう)。

30代。ケンゴの勤務する会社の社長。

ふっはっは! が口癖で剛健な性格。声がデカイ。

轟甘奈(とどろき かんな)。

30代。社長秘書。

よく黒船に振り回されているが、締める時はきっちり締める。

ダイヤ・フォスター

25歳。ケンゴの海外赴任先の同僚。

手違いから住むところが無かったケンゴと3年間同棲した。四姉妹の長女。

流雲昌子(りゅううん しょうこ)。

21歳。雑誌の看板モデルをやっており、ストーカーの一件でケンゴと同棲する事になる。

淡々とした性格で、しっかりしているが無知な所がある。

サマー・ラインホルト

12歳。ハッカー組織『ハロウィンズ』の日本支部リーダー。わしっ娘

ビクトリア・ウッズ

30代。ハロウィンズのメンバーの一人で、サマーの護衛。

凄腕のカポエイリスタであり、レズ寄りのバイ。

白鷺綾(しらさぎ あや)

19歳。海外の貴族『白鷺家』の侯爵令嬢。ケンゴの許嫁。

音無歌恋(おとなし かれん)

34歳。ママさんチームの一人で、ダイキの母親。

シングルマザーでケンゴにとっては姉貴みたいな存在。

谷高影(やたか えい)

40代。ママさんチームの一人であり、ヒカリの母親。

自称『超芸術家』。アグレッシブ女子。人間音響兵器。

ケンゴがリンカに見せた神ノ木の里

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