第63話 セクハラ親父
文字数 2,217文字
誰もいない毎日。何をしても孤独しか感じず、小学6年の頃には何かと理由をつけて休む様になった。
卒業はできたが中学は5月を過ぎた辺りから全くと言って良いほどに学校には通っていない。
「……そっか。ケイタはあたしとは違うね」
ケイタはリンカの言葉に一層の孤独を感じた。
「あたしよりも、ちゃんと訴えてるよ」
「……え?」
キィ……とブランコが軋む。
「あたしは引っ越した先でお節介な隣の人に助けてもらってたんだ」
新しい家。新しい学校。母も働きに出て家では常に一人だったが、隣に住む鳳健吾はいつも居てくれた。
「家族みたいに助けて貰ってずっとその生活が続くと思ってたらね……その人、仕事で海外に行っちゃったの」
星空を見上げるリンカは当時の気持ちを良く覚えている。
「また一人になった。けどあたしはケイタと違って周りには孤独を隠してた」
「でも……今は克服できたんでしょ?」
昔と変わらずに笑うリンカを見て、一人で乗り越えたのだとケイタは察する。
「ううん。ずっと抱え込んで、心に溜め込んで、世界に一人だけ取り残された様な……虚無感っていうのかな? 心は常に空っぽだった」
そんな時、路地裏で襲われて今度は恐怖で心が埋まった。そこに大宮司先輩が来てくれなければどうなって居ただろう。
その後、母からケンゴが帰ってくると言われ、また世界に色が着いたのだ。
「あたしはケイタみたい勇気がなかったから……結局はまだ子供なんだよね」
今はケンゴが側にいてくれるから昔のように笑えている。しかし、また彼が目の前から居なくなったら……昔と同じようになってしまうだろう。
「俺は……そんなに強くない」
「自分の事を誰かに訴えるって凄く勇気がいるんだよ? ケイタはちゃんとおじさんに訴えてる」
きっと、おじさんはケイタの事を良く見てる。
「あたしはタイミングが悪いだけだと思うなぁ。だってケイタっておじさんのこと好きでしょ?」
「……別に」
「ふふーん。それじゃ、行こっか」
リンカはブランコを一度漕いで、タンっと着地する。
「どこに?」
「ケイタの家。おじさんか、おばあちゃんいるでしょ?」
「いや……俺はいいよ。今更帰りたくない……」
するとリンカは昔のように手を差し出した。
「あたしが一緒に行ってあげるから。ちゃんとケイタの口から話をしてみよ?」
ケイタは戸惑っていたものの、安心感を与えてくれるリンカの視線にその手を取った。
「こんばんは」
そこへターホンが鳴り、出てみると一人の少女と息子の姿が。
「ケイタ」
「……」
眼を伏せるケイタに、手を繋いでいる少女は、ん、と発言を促す。
「……父さん……俺……」
「明日、休みなんだ」
言葉に詰まる息子に変わって父が口を開く。
「お祖母ちゃんと一緒に三人で出掛けようか。最近のケイタの事、父さん達に色々と聞かせてくれ」
無関心か怒られるかと思っていたケイタは昔と何も変わらない父である事に、うん、と返事を返した。
「お、ケイタから連絡来たわ。今日、泊まりには来ないって」
「なんだ、ようやく親父さんと仲直りできたのかよ」
ケイタに付き合っていた者達も、素行の悪い不良グループであるが根は良いヤツらだった。
「ねぇ、お母さん。お父さんってどんな人なの?」
家に帰ったリンカは三鷹親子を見て自分の父の事が頭をよぎった。布団を敷きながら、それとなくその話題をふる。
「覚えてないの~?」
「あんまり」
記憶にある父は幼かった事もあってか、殆んど靄がかかった感じだ。
「そうね~。とにかく忙しい人で、あまり家にも帰らなかったから」
母の様子から二人は特に仲が悪かったと言う様子では無さそうだ。
「出会いはね~。お母さんが車の運転手をやってときに知り合ったの~」
「へー。じゃあ、お客さん?」
母はタクシー会社に勤めているので、その手の出会いは鉄板だろう。
「形式上はそうなるかしらね~。出会ってその日に、胸でかいね君。今夜ヒマ? て言われたわ~」
「なにそれ……下心丸見えじゃん」
そんなセクハラじみた出会いだったのか……と記憶に乏しい父の印象がマイナスになる。
「それは、お母さんも断りましたよ~。そう言うのはあしらって行かないとキリがないから~」
「それで、セクハラ親父はしつこかったの?」
「しつこかったわね~。でも、あの人と言葉を重ねる内に、感情を出すのがストレートなだけって事に気づいたわ」
“オレ、でかい胸も含めてサメちゃんの事、好きみたいだわ。付き合ってくんね?”
「何かと胸を引き合いに出してたけどね~」
「……最低」
セナの中では色褪せない惚気である様だが、リンカの好感度はどんどんマイナスになっていく。
「ふふ。少しだけケンゴ君に似てるわね~」
「えぇ……」
今の話からなぜ彼に近いと言えるのだろうか。全く意味が解らない。
「それでね~。最初のデートの時なんて出掛け先に一時間早く来て、アイマスク着けて居眠りをしてたのよ~。可愛いでしょ~?」
「あー、はいはい。もう寝るよ」
これ以上聞くと、父のイメージが最低男になりそうだったので、話を切る事にした。
もう、リンちゃんから振っといて~、と母はぶーたれてたが、聞こえないフリをして電気を消す。
「……リンちゃん。あの人もあなたを愛してるわ」
優しくその言葉を紡ぐ母。その口調は少しだけ寂しそうにも感じた。