第300話 人を育てたいと思ったの
文字数 2,594文字
その理由は他の課の面々とも顔を合わせるためであり、悩んで居そうな者が居たら積極的に席を共にするのが食堂での彼女のルーティーンである。
「んー、あら。ふふ」
目に叶う者は居なさそうだったので空いている席を探す方にシフトすると、気になる区画を発見した。
「だからよ、何であのアホの事が出てくるんだよ」
「アンタも、もういい歳だろ? そろそろ、所帯を考えな」
「余計な世話だって、鷹婆。なぁ陸」
「……僕は黙秘権を使います」
三鷹、七海、陸の三人が一つ少し高いトーンで会話をしていた。
「新次郎からアプローチ受けてるだろ?」
「あんな奴は死んでも御免だ。それならまだ、陸と付き合った方がいい!」
「ぶふぉ!!?」
「おー、なんだお前。俺じゃ不満か? あーん」
七海は隣の席に座る陸に肩を回す。部活の先輩と後輩のようなノリであった。
「食事中に行儀が悪いよ、ケイ」
「行儀が悪い会話を振ったのは鷹婆だろ? なあ? 陸」
「僕に同意を求めないでくださいよ……」
「お前、そればっかだな」
どっちの味方につけば良いのか板挟みになっている陸を助ける為に鬼灯はその卓へ寄る。
「相席をよろしいですか?」
「お。いいぞ」
「詩織かい」
「あ! 鬼灯さん! どうぞ! どうぞ!」
助かったぁ、と女神を見るような眼を鬼灯に向ける陸。スッと立ち上がり、空いている席の椅子を引いた。
鬼灯は、ありがとう、と三鷹の隣に座る。
「詩織。あんたはどうなんだい?」
「何がでしょう?」
食事をしつつ、三鷹の問いにも鬼灯は器用に答える。
「ケイの十倍は男が寄ってくるだろう?」
「そう言う話ですか。沢山いましたよ。三鷹先生も知っているでしょう?」
「今でも凄いからな、お前は」
七海が鬼灯と出会ったのは会社に入ってからであるが、今よりも若い頃は相当にモテてただろうと察せる。
「特に気になった相手はいなかったのかい?」
「シオリ、別に答えなくていいぞ。お節介な婆さんのお節介なお節介だ」
「七海課長……お節介がゲシュタルト崩壊するから止めてください……」
「ケイ、アンタとの話は終わってないからね」
「へーい」
七海としても三鷹の言葉を一概に否定はしない。しかし、今は仕事や部下の事で手一杯。特に海外派遣の人材を見定めている事もあり、自分の将来までは考えが回らないのだ。
「そうですね。過去に何人かは居ました」
「お、マジ? どんな奴?」
七海の方が食いつく。異性は選り取り見取りな親友が気にかけるヤツには純粋に興味がある。
「議員の方、大企業の社長、プロのスポーツ選手、後は王族の方です」
「おい待て。最後のは何だ? 王族?」
「派遣先で偶然、海外から遊びに来られてた方よ。少しだけお世話を任されたの。随分と懐いてくれてね」
「年下かよ」
「十代だったかしら」
人種関係なく数多の男を魅了する鬼灯の魔力。しかも、本人は意図して放っているワケではない分、より多くを惹き付けるのだろう。
「でも、今は誰も居ないんだろう?」
「そうですね。ずっと一緒に生きる事を考えたら、誰も彼も違う気がしまして」
自分に思いを伝えてくれた人たちは、将来こうありたい、と言う確固たる未来を持っていた。
それを側で支えて欲しい。それが彼らの告白である。しかし、鬼灯はそれに応えられないと断ったのだ。
「私は欲張りですから。私以外に追いかけるモノを許せない女なんだと思います」
「鬼灯さん……」
陸は初めて鬼灯の心内を聞いた。いつもは、優しくて困ったら助けてくれる完全無欠の彼女も人間であったと認識させられる。
「そうかい。ならじっくり探しな。相手が欲しいなら紹介してやろうかい?」
「いいえ、大丈夫です。三鷹先生」
弁護士としての師である三鷹は昔からお節介だったが、それは優しさの裏返しだと鬼灯は理解している。
「アンタ、時折危なっかしいからね。少しでも鎧の紐を緩める相手を選びなよ」
「わかっていますよ」
鬼灯なら変な男は選ばないだろう。中でも幹部組で噂になっている第一候補の男はそれなりに舵取りが出来そうな4課の頭だ。
「真鍋のヤツも大変だな」
「真鍋課長には感謝してます。彼には今も昔も頼りきりなので」
「本来ならアンタが4課の課長だったからね」
「え? そうだったんですか!?」
三鷹の発言に陸が驚く。鬼灯は、昔の話しです、と説明を補足した。
「私は課を引っ張る様な器ではありませんから」
「1課でも2課でもお前は間違いなく出世してただろ。でもよりにもよって、ジジィの3課とはな」
どこに行っても一定以上の活躍を見せる鬼灯が、補佐の多い3課に入るのは少し勿体無いと周囲は考えている。
「あの時はゲンの奴が突然、今後は3課で預かる、とか言い出したからね」
「でもあれだろ? 代わりに真鍋を引っ張って来たんだろ?」
「え? そうだったんですか!?」
知らぬ事実の連続に陸は驚く事しか出来ない。
弁護士界隈でも真鍋はどの派閥には属さない人物で知られていたからだ。
4課でも真鍋の素性は“無敗の弁護士”と言う事以外はあまり知られておらず、彼が入社した経緯は全くの謎だったのである。
「社長のお膳立てもありましたが、彼には少しワガママを聞いて貰いました」
「少しのワガママで、弁護士界隈から超一流を引っ張ってくんなよ」
この魔女め。あら褒め言葉? と七海と鬼灯は楽しそうに会話をする。
「私は誰かの上に立つよりも、人を育てたいと思ったの。ケイなら解るでしょ?」
“鬼灯、3課に来てくんねぇか? 女性社員に対する教育係が人手不足でな! ガハハ!”
意図したのか偶然だったのか、獅子堂の勧誘は彼女が諦めていたモノを与える形となったのだ。
「ジジィのナンパに引っかかったのかよ」
「あら。獅子堂課長も魅力的よ?」
「そうやって、色んな男を憎めなくしてきたんだろ?」
「酷い言いぐさね」
「真鍋のヤツもエライ女に目をつけられたものだね」
「彼は夫ですから」
その発言に陸は勿論、七海と三鷹も目を点にして思考がフリーズする。
その間に鬼灯は食事の手を動かす。
「は? 夫?」
「どういう事だい?」
「え……ええ? 夫婦……? 鬼灯さんと真鍋課長が?」
「個人情報保護法を適応します。触れ回ったら訴えるので、三人ともそのつもりでお願いしますね」
最後の最後にこの卓に核爆弾を落とした鬼灯は、いつもの調子でそう言った。