第120話 フォスター家の食卓
文字数 2,670文字
リンカは部屋に戻るとセナさんと話しているダイヤの元へ行き、すぐに頭を下げた。
そんな彼女を見てダイヤは、
「ノープロブレムネ!」
と言ってリンカを抱きしめる。ダイヤにとってハグは友好の挨拶のようなモノだ。そして、そのまま――
「待てぃ」
「オゥ」
「?」
キスしようとしたので、オレはダイヤの額を押さえる。リンカはオレの行動を不思議がっていた。
「七海課長から常識を学んだんじゃねぇのかよ」
「ソーダッタヨ! クセはオソロシーネ!」
ったく……。ダイヤはリンカから離れると、セナさんが一度、パンッと手を合わせる様にたたく。
「リンちゃんも謝った事ですし~、ご飯にしましょ~」
「……お母さん。勝手にお酒開けたらダメだって」
「うふふふ。うふふふふ」
既に酔いが回り始めているセナさんにリンカは頭を抱えた。
「リンカ、このリョーリ、オイシーネ。なんて言うリョーリヨ?」
「肉じゃがって言うの」
「ワォ! ポテトをショーユとサトーで味付けデスか! ジャパニーズフードネ!」
「ありがと」
ダイヤはリンカの作った一般的な料理に一喜一憂していた。
確かにリンカの作る料理は美味しい。異国の舌を持つダイヤが言うのだ。彼女の料理スキルは国を越えて認められたと言っても良いだろう。
「でも、沢山作ってくれたんだ。今日は他に誰か来る予定でもあったの?」
オレを誘うつもりで三人分を用意したならわかるが、突如としてダイヤの分が増えたてしても十分な量である。
「沢山~振る舞う予定だったのよね~ケンゴ君に~」
「お母さん!」
ああ、前に食器を返した時にそんなメモを残して置いたっけ。律儀に叶えてくれたんだ。
「リンカちゃん、ありがとうね」
「べ、別に! ジャガイモが安売りしてただけだ!」
「ラブデース」
「あれも、ラブ。これもラブ。ぜーんぶラブよ~」
セナさんは食卓に並んだオカズへ視線を向ける。そして、ぐびっ。
「もー!」
オレは微笑ましいなぁ、と見ていると頬を赤くしたリンカの視線がキッと向けられてる。
「ニヤニヤしてんな」
肘を脇腹に入れられた。うぐぅ……
「ミスト達にも食べさせてアゲタイネ」
「妹さんですか?」
「YES」
ダイヤは味噌汁の豆腐をパクパクしながら、アメリカの地に残している三人の妹の事を口にする。
「ミストもハイスクールか。リンカちゃんと同い年だったな」
「ソウナノデス?」
「いや、あたしは知らないから」
オレにしかわからない情報だったな。
「四姉妹の一番下の子がリンカちゃんと同い年なんだ。ダイヤの部屋で一緒に暮らしててさ」
「カントリーに居るの退屈ヨ。ダカラ皆、シティに下りて来るネ」
「実家は牧場なんだ」
リンカにとっての故郷はこのアパート回りが記憶に強い為に、スケールの大きいダイヤの生い立ちに素直に興味が出た。
「カウやゴートを主に扱ってマス。馬に乗ってカティと群れを誘導するのデス」
「カティ?」
「飼い犬の事だよ」
牧場は広く、放牧している牛達を畜舎に戻すのは馬を使っても難しい。そこで、犬の出番だ。
「ニックスも一回やりましたヨネ?」
「ん? ああ……あんまり思い出したくないが」
オレはダイヤの実家に行った時、彼女の親父さんに撃ち殺されかけた。
娘が欲しければオレをコロセ! と言う親バカゲージが振り切れたショットガンおじさんに牧場で追い回された時は生きた心地がしなかった。
ファッ○! ジャッ○! 言いながら躊躇い無くぶっぱなしてくるんだもん。
ダイヤが馬で助けに来てくれなかったら間違いなく殺られていただろう。
「アレはジョークヨ。パパのショットガン、基本は空砲ネ」
「いや、避けた先の枝とか外した所は吹っ飛んだぞ。絶対鉛玉入ってたろ」
そんな後、牧場の手伝いをして落ち着いて話をしてみると、なんとまぁ、気の良い牧場おじさんだった。
「ハルサやカティとはまた会いたいな」
「ハルサ?」
「ああ、馬の事」
「ハルサ、ニックスには凄く懐いてタネ」
これ、とオレはスマホに残っている当時の写真を見せる。日本ではめったにお目にかかれない広い牧場の光景にリンカは興味津々だ。
アルバムの写真をスライドしていくと、牧場からダイヤの妹達の写真へと移る。
「この人たちが妹さん?」
「ん? ああ、そうだよ。この、髪が短いのがサンで、長いのがリンク。眼鏡の女の子がミストね」
同時刻、ニューヨーク。
「しくしく」
「……どうしたの? サンお姉さま」
三人で食事をしているフォスター家三姉妹。その中でダイヤの次に最年長であるサン・フォスターは寂しそうだった。
「ダイヤお姉さまが居ないわ……ミストぉ……お姉さまのお顔を何日も見れないなんて……私耐えられない」
「耐えて」
「でも……ニックスを追いかけて行ったのよ? もし、このまま戻らなかったら……」
ミンナ、ゴメンネー。ワタシ、ニックスと暮らすことにしたヨー。元気でネー。
「あぁぁ! あの男ぉ! やっぱり、こっちに居るときに事故に見せかけて息の根を止めておくべきだった! ファッ○!」
サンはテーブルのウインナーにフォークを突き刺す。
「だ、大丈夫ですって、サンお姉さま! ダイヤお姉さまは帰って来ます! リンクは信じてますから!」
「リンク~」
うえーん、とサンは妹のリンクに泣きつく。困った顔で姉を、よしよし、するリンク。そんな姉二人の様子にミストは冷静に嘆息を吐いた。
「リンクお姉さまの言う通りだよ。だってニックスってダイヤお姉さまのアプローチを三年間も避けたわけだし」
自分達が慕う姉は、多くの異性からアプローチを受けてきた。(その都度、サンや父親に牽制されていた)
誰にでも前向きなスキンシップをする姉に勘違いする者も一人や二人出てくる。
そんな姉の本気のアプローチを同棲状態で三年間もやられて、なびく事がなかったニックスだ。最初は同性愛者なのかと疑う程に鈍感だった。
「踏ん切りをつけに行ったのかもね」
世話になったな、お前達。言うまでも無いと思うが言わせてくれ。お前達との生活は楽しかったぜ! アバヨ!
「……兄がいればあんな感じだったかな」
家族でもないのに、問題が起こったら本気になって考えてくれた。まぁ、マフィアの倉庫にトラックで突っ込むのはやり過ぎだと思ったが。
「ミストは嫌よね!? あの男が! 義兄に……な、なるなんてぇ! キィィィ!」
「サ、サンお姉さま! お、落ち着いて!」
どんどん妄想が先に進む姉のサンと困った様に宥める姉のリンク。
そんな二人を見てミストは、この中にニックスの入った未来も面白そうだな、と思った。