第563話 七海君は気を使い過ぎよ
文字数 2,052文字
それでも、火を扱う場合は外でテントを建てての出店となるが、喫茶店のような電子機器のみで成立する出し物ならば教室の使用が義務とされた。
故に人で盛況となるのは1、2学年のある1階と2階。普段から3学年の教室へ向かうことの少ない下学年の生徒には3階への足運びは馴染みが無いモノだろう。
加えて、出店も殆んど無い事もあって3学年のフロアは閑古鳥が鳴いていた。
「鬼灯さん、本当に私達も離れて良いの?」
「構わないわ。まだそんなに忙しくならないと思うから」
鬼灯はこれまでの文化祭の経験から初動はそうなると推測し、クラスメイトの大半を自由行動とさせていた。
それでも、ポツポツとやってくる生徒は鬼灯の所属する図書委員の関係者だったり、教員だったりと、一人でも対応出来る足並みだった。
「忙しくなりそうだったら、LINEに連絡を入れるから。その時に帰って来てくれたらいいわ」
「わかった」
文化祭を回る懸念があったクラスの女子生徒は、後を鬼灯に任せて教室を後にする。
「大宮司君。貴方も離れて良いわよ」
文化祭委員会(生徒会と風紀委員会の合同組織)が発行した各学年と部活の出店、体育館で行われているイベントをまとめた『文化祭のしおり』を見ている大宮司にも鬼灯は声をかけた。
「いや、俺は残るよ。流石に一人じゃマズイだろ?」
「マズくないわ。忙しい時は忙しくなるなら、今の内じゃないと行けないわよ?」
「……何にだよ」
鬼灯は自分の『文化祭のしおり』を取り出した。既に幾つか気になる模擬店にマークを着けており、後で行くつもり満々なのが伺える。その中には1学年の『猫耳メイド喫茶』もある。
「気になってるんでしょう?」
「……なんでそう思う?」
「大宮司君、その頁からずっと捲らないもの」
「よく見てるな……」
「従業員の様子を把握するのは店を治める者として当たり前の事よ」
鬼灯は勉強ばかり出来るイメージが強い女子生徒だが、実のところソレは能力のほんの一部に過ぎない。
彼女は1学年の時は学級委員長を勤めていたが、その時からあらゆる物事を効率良く捌き、イベントでの統率力は高校生かと思う程に群を抜いていた。
当人達に不満なく役割を振り分け、足りない所は自分が処理する。美人で理に叶っている事を鬼灯が言うモノだから、誰もサボろうと言う気が起きないのだ。
本人は、人を良く見て居れば誰でも出来る、と言うが高校生に出来る思考回路を軽く越えている。
そんな彼女が久しく統率する事になった『制服喫茶』。当時を知るクラスメイトからすれば頼もしい事この上ないだろう。
「今なら見に行けるわよ。鮫島さんの猫耳メイド」
そして、大宮司からリンカへの好意を把握しているのは至極当然の能力だった。
「……別に出店のタイトルが気になっただけだ」
「にゃんにゃんって言ってるかも」
「……お前もにゃんにゃんとか言うんだな……」
全く可愛げの無い無機質“にゃんにゃん”に大宮司はツッコミを入れる。
「大宮司君。私達の文化祭は今年で最後よ。やれることはやっておかないと後で後悔するわ」
「…………わかったよ。ちょっと離れる」
「目に焼き付けておくのよ。撮影は禁止だと思うから」
「ちょっと見に行くだけだ」
そう言って大宮司もクラスを離れた。そんな彼を無表情でヒラヒラと手を振って鬼灯は見送る。
“リョウの事も気にかけてやってくれ。アイツかなりの奥手だからさ。それに大暴れ事件もあって、余程の事がないと自分から動こうとしないんだよ。適度に背中押してやってくんね?”
「七海君は気を使い過ぎよ」
昨晩に彼と電話でそんな会話をしていた鬼灯は七海がこの場に居れば、どの様に大宮司を後押しするのかを考えての行動だった。
大宮司亮が1学年の『猫耳メイド喫茶』に現れた。
その一報は、文化祭委員会の専用通知LINEに瞬く間に伝達される。
「ふほほ。大宮司君、行くねぇ」
辻丘から尻をハリセンで叩かれながらLINEを見る遠山は先を越されたと笑う。
「大宮司先輩が……これは緊急急行案件ですね」
何かと逃げようとする遠山に仕事をさせる為にハリセンで尻を打つ辻丘もLINEに目を通す。
「大宮司先輩、そっちに行ったんだ。うーん……近くに保健委員の子、誰か居たかなぁ」
暮石は自分のクラスの出店を手伝いながらも動けば騒ぎになる大宮司の動向を気にかけてた。彼は何度か女子生徒を失神させているので保健委員会でも密かに要警戒人物なのだ。
「ああ、俺だ。野球部の催し物のイザコザの対応に校舎の外にいた。いいか? 俺が着くまで大宮司先輩には絶対に手を出すな。取り押さえられる人員だけ確保し、距離を置いておくように」
風紀委員長の佐久間は部下が乗せたLINEの情報にいち早く反応し、早足に校舎へと向かっていた。
「鬼灯先輩は大宮司先輩の学校内での扱いを把握してると思っていたが……」
はやり、天才とは予測のつかないモノであると佐久間は改めて気を引き締め直す。