第297話 毒を打つ男
文字数 1,955文字
その昔、まだ日本に身分と言う制度があった頃、刀を持つことさえ許されなかった弱き者達が己を護るために生み出された。
「元は刀を持てず、武才ない百姓たちによって編み出された抵抗する術だ」
それでも、鎧を着た者や警戒されている者には通じなかった。
「尽く弱者の為の技。しかし、それ故に僅かな隙を突き、敵を殺す技のみが今も残っている」
老人は孫に言う。これは褒められたモノではない。本来なら自分の代で終わりにする予定だったと。
「じゃあ、なんで僕に教えてくれるんじゃ?」
「ワシはお前よりも早く死ぬからだ」
老人はそう答える。相変わらずの仏頂面であるものの、その口調には優しさが感じられた。
孫はその言葉の意味は理解出来なかった。だから、こう返す。
「じっ様は死なん! 僕が絶対に死なせんからのう!」
「……20年早ぇ」
そう言いつつも、老人は珍しく笑い、孫の頭に傷だらけの手を乗せた。
「へいへい。呑気なモノだねぇ」
ジェットは準備運動をする『Mk-VI』を見ながら自身も軽くステップを踏む。
彼が総合格闘技の王者として業界に足を踏み入れたのは、今から3年前だった。
最初は『ラクシャス』と社の名前を売るために宣伝選手として始めたのがキッカケだったが、彼にとっては転機だった。
「来ないならこっちから――」
と、攻め気に入った瞬間を狙った『Mk-VI』のタックル。
ジェットは虚を突かれたが、咄嗟に切り替えて膝蹴りにて『Mk-VI』の頭部を打ち上げた。
「今のは普通だったな」
素人相手なら決まっていただろう。しかし、ジェットは何千回と洗練されたタックルを見てきたプロだ。迎撃に切り替えるのは容易である。
そして、ジェットの真骨頂である“毒撃”が『Mk-VI』に叩き込まれる。
「ユニコーン……(ぐぐぐ……)」
怯む『Mk-VI』。しかし、先ほどよりも耐えている様だ。
「素人か。少し妙な所はあるが……毒が回りきれば俺の勝ちだぜ」
ジェットの毒撃。それは、彼の放つ打撃の質にあった。
当てる箇所にダメージを及ぼすのではなく、受けた際に最も負荷のかかる様に打を与える。
頭は首に支えられ、足は腰によって支えられている。
人間が鍛えられない
別名『ラクシャスの壊し屋』。
彼と打撃戦をした対戦相手は、その大半が選手生命を絶たれる前に降参している。
「――ユニコーン(勝負だ)」
「Mかお前は」
それでも前に出てくる『Mk-VI』にジェットは思わず笑った。
痛がる素振りから“毒”は間違いなく通っている。大半のヤツが、いつもここで降参しているのだが……
「一生車椅子になっても俺を恨むなよ?」
ジェットの狙いは顔面打撃による頸痛への負荷をかける事。隙があれば下半身にも攻撃を入れ、腰を破壊する。
「お?」
頭部を狙った打撃を『Mk-VI』は首を傾けて避けた。しかし、ジェットも『Mk-VI』の打撃を首を傾けて避ける。
「俺と根比べか?」
その場から動かず、互いに拳を突き出す。
中々に出来ない経験にジェットも楽しむ方へ思考がシフトしていく。
「面白れーヤツだな!」
拳の応酬。手数はジェットの方が上であり、『Mk-VI』が一発放つまでに三発は入れる。
「どこまで――」
コイツはついて来れるのか。ジェットは純粋な興味が湧き、『Mk-VI』の距離に付き合った。
「――」
中々、目の前のヤツは倒れない。生身ならとっくに頸椎はオシャカになる程に毒を入れたハズだが、寧ろ……
「おいおい……」
『Mk-VI』が放つ拳の回転速度が上がっていく。
最初は一発に対して三発。しかし、今は二発に対して三発――
「おいおいおい!!」
更に加速し三発に対して三発。そして、
「ユニコーン(骨輪)」
“人の拳は腰を使って放つ。だが、手数を増やすだけならば肩甲骨を回した方が速い。その分、威力は出ないが牽制にはなる”
その威力も『Mk-VI』の筋力補佐があれば十分な水準に引き上げる事が可能だった。
下半身はどっしりと構え、上半身の動作のみで拳を放って行く。
「なん……だ……コイツ――」
『Mk-VI』が手数を上回った瞬間、ジェットは打つのを止めて防御に徹するしかない。
腕でガードするが、『Mk-VI』は止まらない。それどころか更に手数が上がって行く。
受け続けるのはマズイ! 一旦下がっ――
と、ジェットが後方へ退こうとした時、両腕から力が抜け、だらん、と垂れ下がる。
「――やべ……」
アドレナリンが出過ぎて、腕のダメージに気づかなかった……
「ユニコーン(悪いな)」
ジェットは更に速度の上がった『Mk-VI』に気を失うまでラッシュを叩き込まれた。