第60話 六年帝国の滅亡
文字数 2,314文字
両親は片親で医者の父を持つ。あまり家にいない父には放任気味に育てられ、警察の世話になる程では無いものの、それなりに素行は悪かった。
授業をサボったり、煙草や酒に手を出したりと、毎月のように父は学校に呼ばれる。
そんなケイタは、まだまだ世間知らずの
「もしかして、ケイタ君? うわー久しぶり! 会うのは六年ぶりかな? もう中学生だっけ?」
その日、ケイタは自分でもよく解らない感情にドキドキする。
隣の古民家。盆休みを利用して帰ってきた一組の母娘の娘の方は昔、一緒に遊んだ事があったからだ。
「覚えてる? 凛香。鮫島凛香だよ?」
それは、多忙な父の代わりにいつも構ってくれた姉のような隣人だった。
盆休みの初日からあたしは母の実家に帰省する事にした。
それは殆んど記憶にない父が居た頃に共に暮らしていた家。
今までは母の仕事が忙がしくて帰省は見送っていたが、本当の理由はそうじゃないと、どことなく察している。
「久しぶりねぇ。三鷹さんに様子は見てもらってたけど」
綺麗な住宅街の中で一つだけ時間が逆行したかのような古民家が、あたしの実家だ。
母が幼少期を過ごした家は、あたしにとっての祖父母が亡くなってから母が継いだらしい。
「リンちゃん、隣の三鷹さんに鍵を貰ってくるからちょっと待っててね」
「はーい」
祖父母の友達であった隣人の三鷹さんは信用できる筋の人間だ。なんでも、盆休みで帰って来ているらしい。
車から降りて荷物をすぐに家に入れられる様に玄関前に運ぶ。荷物と言っても着替えや、洗面道具などの、盆休み中に世話になる道具だけを持ち込んでいる。
「うわ……草すご」
待ってる間、玄関までの道中を見ると、石畳以外の場所は延びきった草によって地面が見えない。
虫達による六年帝国。繁栄の歴史は相当なモノだろう。まぁ、今日には滅亡するんだけど。
「強引にでも連れてくれば良かったか」
「ケンゴ君のこと?」
ふふ、と笑いながら背後から声を出す母に驚く。
「お母さん、機転が回らなかったわ~。これを理由にケンゴ君を連れてくれば、盆休みも一緒に居られたのにね~」
「……早く鍵開けて」
あたしの視線に母は、きゃ! こわーい、と相変わらず楽しそうにしているのだった。
「陛下! 今すぐお逃げください!」
「一体、何があった?!」
「神々が戻られたのです! 既に民は逃亡を始めています! 帝国は終わりです!」
「馬鹿な!? ええい! 民を引き連れて新たな地へ行くぞ!」
「しかし、ここ以外に受け入れてくれる地はどこに……」
「無ければ作るのだ! 新たな理想郷は必ずある!」
「おお……この身、永劫にお仕えいたします!」
「ぬお?!」
「ああ!? 陛下! 陛下ぁー!!」
「よいしょ」
伐採した草の間にいた
「うーん……」
丸まった腰を伸ばす様に手を当てて態勢を起こす。
庭の草を処理し初めて一時間。母は家の中を掃除し、あたしは日陰の内に中庭の処理を始めた。
「日陰でも暑いなぁ」
アスファルトからの熱が離れていても感じられる。直射日光ほどでは無いにしろ、汗は止めどない。
「まだ三分の一か」
中庭はそんなに広くないので、簡単に終わると思っていたが少しだけ見通しが甘かった。しかし、自分がやると言った手前、きちんと任務は遂行せねば。
「ほらほら、逃げろー」
草を揺らして、これから刈り取ると、虫達にアピール。太陽が中庭を照り出す前には全部終わらせたい。
「――ん?」
すると、道路から向けられる視線に気がついた。
「ケイタ、なんか今日、テンション低くね?」
友達に誘われてゲームセンターで遊んでいた三鷹圭太は、つまらなそうに台を離れた。
「今、盆休みで、うるせぇバァさんが来てるんだよ」
「ああ、確か弁護士やってるんだっけ? お前んとこの婆さん」
「まぁな。しかも家に居ると色々とうるせぇんだよ」
「でも盆休みだけだろ? 暫く俺のとこにでも泊まるか?」
「そうすっか」
着替えやらを取りにケイタは一旦家に帰る事にした。
何も替わらない日々。感じるのは季節で暑いか寒いかの二つだけ。後は毎日同じだ。
帰っても誰も居ないし、朝起きても誰も居ない。
勉強やら運動やらで結果を出しても誰も何も言ってくれない。
なら、やる意味なんてない。全部つまらないのだ。
だから、真面目に学校に行く意味もない。
金は足りないと居間にメモを残せば、親父が10万を毎回置いていてくれる。
それを見て、真面目に勉学に励む事が馬鹿らしく感じた。
「……本当につまんねぇな」
それはナニに対してなのか。何も考えず口から出た言葉はケイタの口癖の様なモノだった。
「うーん」
隣の家の前を通るとき、そんな声が聞こえてふと眼をやると山が二つあった。
「――――」
その二つの山を持つのは見たことのないボブショートの髪をした女だった。年齢的には高校生くらい。麦わら帽子に軍手と鎌を持って、放置されていた中庭の草を処理している。
最初に眼を引いたのは二つの山だが、汗を拭いながら作業を再開する横顔に心臓が早くなった。
「――ん?」
女と目が合う。思わずケイタは恥ずかしさから眼を背ける。
「もしかして、ケイタ君? うわー久しぶり! 会うのは六年ぶりかな? もう中学生だっけ?」
それは、ずっと会っていなかったにも関わらず、誰なのかを解っている眼をしていた。
「覚えてる? 凛香。鮫島凛香だよ?」
六年前に突如として引っ越した、姉のような隣人であるリンカとの再会だった。