第206話 友のために

文字数 2,335文字

 障害馬術の一件はオレの勝利で幕を閉じた。勝負が終わった直後にミクさんが『滝沢カントリー』の経営者でもある父親さんを連れて来て、カイを連れて行かせた。
 オレはその時にカイとの1000円ゲームの件を明かし、証拠のボイスレコーダーを聴かせ、3276万8000円をきっちり徴収する事を告げた。

「本当にお節介だよな、お前」
「え? そうかな」

 オレはリンカを前に乗せてタローを手綱で引きながら共に歩いていた。
 そろそろ出発の時間なので最後にタローに乗ることにしたのだ。

「あんなヤツ、無視してさっさと勝てば良かっただろ」
「ただ勝つだけじゃ何も変わらないでしょ?」
「だから、そこまでお前がする必要もないだろって話」
「ははは。でもね、更正させるとか、そんな事はどうでも良かったんだ」

 オレが勝負を続けた理由。その一番の目的は――

「アイツは君を傷つけようとした。だから久しぶりにキレちまったぜ……」
「……なんだ。そんな事か」

 少しキリッとして言ってみたが、気の抜けたリンカの言葉にオレも肩透かしを食らう。決めゼリフ……外したか……色々と……

「オレにとっちゃ重要な事なんだけどね。だってほら、君が一番辛い時にオレは側に居れなかったからさ」

 リンカが中学の頃は相当に苦しんでいた事はわかっている。その時の理由はわからないけど、今リンカが笑っているならそれを曇らせる真似は絶対にさせないと決めていた。

「この旅行は普段とは違う所に行くけど、オレがちゃんと側にいるから安心し――」

 と、リンカを見ると顔を赤くしてこちらを見ていた。正確には見下ろして、だが。リンカはオレの視線に気がつくと、少し目を反らして、そうか……と小さく返す。

「……っこいいな」
「え? リンカちゃん。ちょっと声聞こえない――」

 と、タローが急に走り出す。奇襲じみたスタートに手綱はオレの手からすり抜けてしまった。
 驚くリンカにオレは、いざとなったら首にしがみついて! と言いながら後を追う。
 しかし、タローのヤツ! 障害馬術で疲労しているハズなのに、まだ全然走りやがる!

 どうしたら良いか分からないリンカと、待てー! とサ○エさんのEDみたいにタローを追いかけるオレ。後にヨシ君がその時を写真に撮っていた様で、見たときは相当にマヌケなシーンだった。





「お疲れ様、タロー」

 ケンゴ達が去り、閉園した『滝沢カントリー』では動物達のケアをする時間帯になっていた。
 ミクは厩舎の入り口に近い馬房に戻ったタローに労いの言葉をかける。

「ぶるる」

 そんな彼女にタローは鼻を鳴らして応えると、ミクも優しく首筋を撫でてあげた。

“貴女のお兄さんに対して賭け金は必ず請求する。そこは一円も下げる気は無いし、下手な減額交渉は不利益になると思ってください。そして、彼はこの牧場には二度と足を踏み入れない事。私の会社の人たちはえらくここを気に入ったようだから、変に匿ってもすぐに分かりますからね”

「そうだよね。兄さんのやった事は……私たちを助けても君たちは救わなかったから……」

 当然の罰だ。しかし、それは兄を自由にさせていた自分達にも責任があるのではないか? 父は兄の負債を会社の責任として請け負う事を彼に告げた。

“でも……謎のアルバイトが『滝沢カントリー』で働いててもオレにソレを調べる術はありません。アルバイトは経営に口は出せないでしょうし”

「……」

“それで……もしタローが滝沢甲斐を背に乗せて走る様な事があれば……そちらの経営に影響が出る程の金額を請求するのは不本意になるなぁ。オレは相棒を苦しめる為に勝負した訳じゃないし”

 支払い期限は追って知らせるんで、と彼はそれだけを言って、自らの言葉を録音したボイスレコーダーを私に手渡してバスに乗って行った。

「……ねぇ、タロー」

 私はいつの間にか彼を目で追っていた。そして、勝負の最中、一度も彼に対して疑う目を見せない彼女にも――

「私、初めて他の女性(ひと)に嫉妬したかもしれないわ」

 ふふ。と悪くない感情に笑いながらミクは二人の事を思い出す。
 タローは、あんなヤツのどこがいい? と言いたげに耳を立てて、ぶるる、と鼻を鳴らした。





「あら、そんな事があったの?」
「うん。鳳君、凄かったよ。シオリちゃん。ヨシ君がきちんと写真を撮ってるから!」
「良き友人とも出会えましたな。テツ殿は今後とも交流が必然となる程の御仁でした」

 出発するリムジンバスの中で、他の面子も『滝沢カントリー』を満喫し、各々で感想を言い合っていた。
 今後はプライベートでも足を運ぶ意欲を見せる程に気に入った様子である。

「ふっはっは! 流石は鳳君と言った所だ! 何もない海外から三年で戻っただけの事はある!」
「賭けの様な事もしていたと聞きました。そちらの件はどうなったのですか?」
「その件は鳳君に一任した。我々は証人として立っただけでね」
「テツ殿への慰謝料は別途として支払って頂きました。目撃者も多かったのでスムーズにいきましたぞ」
「ヨシ君には手間をかけさせたね」
「いえいえ。友の為にこの腕前を奮えるなら本望ですぞ」

 と、ヨシ君は撮った写真を鬼灯たちへ回して見せ始めた。すると車内はケンゴの障害馬術の話題で沸き立つ。

「リンカさん。賭けの件に関して、鳳君から何か聞いてる?」

 鬼灯は通路を挟んで隣に座るリンカへ尋ねる。最後に彼と話していたのは彼女だけだ。

「え? あたしは何も聞いてませんけど……きっと悪い様にはしないと思います」
「そう」

 そう答えるリンカの笑顔に鬼灯も納得し、今度はテツの話題になった。
 そんな中、リンカは隣で、Zzz……と疲れて眠っているケンゴを一目見る。

「……かっこよかったよ。おにいちゃん」

 バスは本日、泊まる民宿へと向かって走る。
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登場人物紹介

鳳健吾(おおとり けんご)。

社会人。26歳。リンカの隣の部屋に住む青年。

海外転勤から3年ぶりに日本に帰って来た。

所属は3課。

鮫島凜香(さめじま りんか)。

高校1年生。15歳。ケンゴにだけ口が悪い。

鮫島瀬奈(さめじま せな)

XX歳(詮索はタブー)。リンカの母親。ママさんチームの一人。

あらあらうふふなシングルマザーで巨乳。母性Max。酒好き。

谷高光(やたか ひかり)

高校1年生。15歳。リンカの幼馴染で小中高と同じ学校。雑誌モデルをやっている。

鬼灯未来(ほおずき みらい)

18歳。リンカの高校の先輩。三年生。

表情や声色の変わらない機械系女子。学校一の秀才であり授業を免除されるほどの才女。詩織の妹。

鬼灯詩織(ほおずき しおり)

30代。ケンゴの直接の先輩。

美人で、優しくて、巨乳。そして、あらゆる事を卒なくこなすスーパー才女。課のエース。

所属は3課。

七海恵(ななみ けい)

30代。1課課長。

ケンゴ達とは違う課の課長。男勝りで一人称は“俺”。蹴りでコンクリートを砕く実力者。

黒船正十郎(くろふね せいじゅうろう)。

30代。ケンゴの勤務する会社の社長。

ふっはっは! が口癖で剛健な性格。声がデカイ。

轟甘奈(とどろき かんな)。

30代。社長秘書。

よく黒船に振り回されているが、締める時はきっちり締める。

ダイヤ・フォスター

25歳。ケンゴの海外赴任先の同僚。

手違いから住むところが無かったケンゴと3年間同棲した。四姉妹の長女。

流雲昌子(りゅううん しょうこ)。

21歳。雑誌の看板モデルをやっており、ストーカーの一件でケンゴと同棲する事になる。

淡々とした性格で、しっかりしているが無知な所がある。

サマー・ラインホルト

12歳。ハッカー組織『ハロウィンズ』の日本支部リーダー。わしっ娘

ビクトリア・ウッズ

30代。ハロウィンズのメンバーの一人で、サマーの護衛。

凄腕のカポエイリスタであり、レズ寄りのバイ。

白鷺綾(しらさぎ あや)

19歳。海外の貴族『白鷺家』の侯爵令嬢。ケンゴの許嫁。

音無歌恋(おとなし かれん)

34歳。ママさんチームの一人で、ダイキの母親。

シングルマザーでケンゴにとっては姉貴みたいな存在。

谷高影(やたか えい)

40代。ママさんチームの一人であり、ヒカリの母親。

自称『超芸術家』。アグレッシブ女子。人間音響兵器。

ケンゴがリンカに見せた神ノ木の里

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