第624話 ランクアップだ!
文字数 2,331文字
恥ずかしさから復帰したヒカリちゃんは後ろから現れたエイさんに、ばっ! と振り向く。
「愚問だな! 私が『超芸術家』だからだ! 文化祭……中々に悪くない! 未熟故に突き動かされるような多くのインスピレーションを垣間見た私だが、ふと何かが足りない事に気がついたのだ! そう……それは
エイさん。それ、オレとサマーちゃんのペアでやったカバディですよ。
あの熱を遠くから察知してやってきたのか。とんでもない共感覚を持ってるよ、この人。もし、サマーちゃんと遭遇してたら間違いなく化学反応が起こるな。
「もう……意味わかんない」
そんなエイさんに呆れる様に額に手を当てるヒカリちゃん。
気持ちはわかる。オレもこの瞬間に、ばっ様が現れたら同じ反応するもん。…………来てないよね?
「このストラックアウトは外れだと感じた! だが!」
エイさんは野村君を見る。
「そこの新撰組の彼の語る“愛”とやら! それがどれ程のモノか興味が出たぞ!」
「……そう言うことですか」
ヒカリちゃんによってノックアウトされていた野村君が起き上がる。彼よりも身長の高いエイさんは腕を組みつつ、見下ろした。
「少年! 名は!?」
「野村雷太です」
「私は
「谷高の……お母さん?」
「谷高さんと呼べ!」
流石にエイさんから見た野村君のランクはまだ下の方か。名前呼びを許す様になるのは、彼女がファミリーと認めた存在だけである。
「野村君! 君はヒカリが好きか!?」
「付き合いたいです!」
「駄目だ!」
「アバァ!?」
エイさんの『駄目だ!』キャノンに飲み込まれた野村君は、某錬金術師の人体錬成に失敗した母親の成れの果てのような姿になって沈黙する。
「ヒカリは私の娘だ! 故に……娘の彼氏は私の“ファミリー”でなければならない! わかるな!?」
「ふぉ(は)……い」
“人体錬成の成れの果て”の姿で野村君は何とか返事をする。復帰出来るかなぁ、これ。
「しかし! 私も最初から君の全てを否定するワケではない! その肉体を見れば君がいかにヒカリの事を考えているのかは理解出来るつもりだ!」
もももも、と野村君が人の形を取り戻し始めた。
「俺の事を認めてくれるんですか?」
「それは君次第だ! これから君には勝負をしてもらう! 勝ったなら私の中で君は“野村君”→“野村”にランクアップだ!」
勘違いが無い様に言っておくけど、エイさんにとっての呼び捨ては、より彼女の好感度が高い事の現れなのだ。
特に名前で呼び合う間柄は彼女の中でかなりの高ランクである。ちなみにオレは初対面の時から呼び捨てにされてた。
「……勝負とは何なんですか?」
野村君の瞳に炎が戻る。人は一度落ちたテンションをどれ程の早く最高潮に戻せるかで資質が決まる。
その点は流石はエース。もう、ラオ○の気迫を取り戻していた。
「三打席勝負だ! 私! ヒカリ! ケンゴの三人全てを打ち取ったら君をランクアップする! ヒカリに告白する権利をやろう!」
「え? ちょっと! ママ!」
変な方向に話が墜落しそうな様子にヒカリちゃんは咄嗟に操縦桿を握った。
「何言ってるのか解ってるの!? しかも、この件はさっき私に決めさせるって言ったじゃん!」
「だからお前も打者に入っている! お前が彼の告白を遠ざけるならば! それ相応の実力で納得させて見せろ!」
「ちょっと待ってって! 野村先輩は野球部のエースなの! エ! エ! ス! その情報は頭に入れた上で発言を考えなおして!」
「…………よし! 勝負だ!」
「短い! 半日は考えて!」
不謹慎だけど、谷高の母娘の言い合いは面白いな。ずっと見てられそう。
「ケン兄も! 何とか言って!」
「ケンゴォ! お前も私に噛みつくか!?」
おっとこっちに美人母娘のキツイ視線が飛んできた。
彗星の如く現れたエイさんが、地球の外を通過するだけなら良かったけど、見事に地表に着弾してしまったものだから、オレも
「ヒカリちゃんの言う通り、野村君からヒットを打つのは容易じゃないですよ。エースって本当に伊達じゃない証ですから」
昨今の高校球児はヤベー奴らばかりだからな。特に今の野村君は本当に○オウの風格を漂わせている。
「だからこそだ! 彼のその力がヒカリに対する“愛”故に得たモノならば! 我々を全て打ち取れるだろうよ!」
「……ママ」
ヒカリちゃんは静かに本気で怒った眼を向ける。しかし、エイさんはソレを正面から見つめ返した。
「ヒカリ! お前も野村君をきちんと正面から向き合うのだ! お前に好意を寄せ、あの姿になったのだぞ! 打席に立ち、彼の球を見るのは義務だろう!」
「あー、もうわかったわよ……」
遂にヒカリちゃんが折れた。母親は強しと言うが、このエイさんを止められるのは哲章さんだけなんだよね。
ヒカリちゃん
↓(強い)
哲章さん
↓(強い)
エイさん
↓(強い)
ヒカリちゃん。
と言う三角関係が谷高家の相関図だ。実に微笑ましい。
ゴゥ! と背後からの気迫に全員の視線が集まる。野村君がドラゴ○ボールで良くある、気を全開だー!! と言いたげな気迫が立ち上っていた。凄い熱気だ。吹き飛ばされそう。
「グラウンドに行きましょう。証明して見せますよ。俺の……
ズンズン、とグラウンドへ歩く野村君の後にエイさんが続く。
「よし、行くぞ! お前たち!」
「もー、招待するのママじゃなくてパパにすれば良かった……」
「野村君、髪の毛が金色に光ってない?」