第638話 クソ野郎(ブーメラン)

文字数 2,621文字

 あの時……ヒカリを見つけて声をかけたのは、彼があたしにそうしたからだ。
 一人は辛い。それが分かっていたから、ヒカリの手をとってあげたいと思った。
 彼の様に……だから……あたしは……

「ヒカリ……あたし……」
「うん」
「……お兄ちゃんが好き……」
「そう言うと思った」

 リンカの解答にヒカリは微笑むと立ち上がる。その笑顔は、その言葉を望んでいたかのように嬉しそうだった。
 ヒカリの気持ちを察したリンカも涙を一度拭って泣き腫らした瞳で、もう大丈夫、と笑う。

「行こ。ケン兄がお腹をぐーぐー言わせて待ってるからさ」
「うん……ありがとう」





 ぐーぐー、腹からの警告が止まらん。
 昼時に友達と楽しそうに食べ物を買う学徒達を目の前に、警告(アラート)は更に激しさを増す。
 うぬぬぬ……まるで餌を前に“待て”をされた犬の気分だ。匂いじゃ腹は膨れねぇよ! ぐー!(怒り) ぐー!(怒り) と、腹が別の感情を持つかの様に催促してきやがる。
 まぁ待て、三大欲求の一つ“食欲”よ。お前の偉大さはオレも理解しているさ。
 けどな、時には待たねばならぬ時がある。今が、ソレさ。
 なぜ、オレがここまで冷静かって? ふっ、諸君は忘れたのかい? オレは三大欲求の一つで最も強力な“性欲”に勝ち続ける男だぜ? 理性を消し飛ばす“性欲(ヤツ)”の凶悪さに比べれば“食欲(コイツ)”なんて可愛いモンさ。
 今まで、数多の女の子に迫られてレベルを段飛ばしに上げ続けたオレの理性(ちから)。この程度の空腹など、よそ風に等しい。

 などと、思いながら壁に背中を預けて腕を組んで佇んでいるが周りの視線が痛いぜ。やれやれ……学徒ボーイ、ガール達よ。青春は二度と来ない。今のうちに堪能するんだぞ。

「ケン兄ー」

 すると、横から待ちわびたヒカリちゃんの声。待ったのは十分くらいか。その傍らにはリンカも居るし、合流できたらしい。良かった良かっ――

「――リンカちゃん」

 リンカを見てオレはあることに気がついた。
 彼女の目が赤い。それどころか顔も赤みがかって明らかに泣いた後であるとわかる。

「ど、どうしたの? 何があったのさ!」
「あ、いや……」

 オレは思わず彼女に詰め寄り、肩を掴む。
 一体どこの誰だ! リンカを泣かせる様なクソ野郎は! ぐっ、ぐふぅ……自分で言ってちょっと自分にもダメージが来た……いや! しかし! オレはちゃんと責任を取る! その為にここに来たのだ! まぁ……猫耳メイドさんも目的だけど……細けぇ事は良いんだよ!! とにかく――

「リンカちゃん。もう今日は帰ろう。箕輪先生にはオレの方から話しておくから」
「だ、大丈夫だって。大袈裟過ぎ……」
「大袈裟なワケないって! 後できちんと調べるからね! 君を泣かせるヤツは一人残さず、後悔させて――」
「HEY」

 ビシィィィ!! とオレはその声にノッキ○グされた様に硬直した。そして肩に、ポン、と手を置かれる。
 こ、この高い位置から放たれる声は……

「ガ、ガリアさん!?」

 振り向くとそこには長身の神父こと、『掃除人(ドレイナー)』(端的に殺し屋)のガリアさんが薄ら笑いを浮かべていた。

 ゲェ……ゲゲゲェェ!!? こんな所でっ! 出会っちまったぁ! ヤッベッ! 近すぎる! 逃げられんねぇ……

「あ、どうもー」
「キュートガール」

 ヒカリちゃんは手を振り、リンカはペコリと頭を下げる。
 その様子からヒカリちゃんは……し、知り合い……なのか? 一体いつの間に……流石ヒカリちゃん! ここは泣いて彼女に縋るしかねぇ!

「フリーズ、フェニックス」
「ふぁい……」

 オレが泣きつこうとしたら肩に乗せたガリアさんの手からの圧力に身体が動かない。
 上手く息が出来なくて変な返事になっちゃった……

「ドウヤラ……間に合った様デース」

 ガリアさんはヒカリちゃんに、少し泣き腫らしているリンカを見て、オレにだけ聞こえる様に耳元に口を寄せてくる。いやん。

「キュートガールを泣かす。ギルティオーケー?」
「お、オレじゃ無い……です」

 殺さないでっ!

「ドウヤラ、フェニックスの罪は思ったよりも大罪を抱えてマース。魂が苦しいデショウ。ワタシが救いマース」

 やっぱり、ワシの話しなんぞ聞いとらんのぅ!? 思わず田舎言葉が出ちゃった……
 見る人が見れば、聖人に救済に見えなくはない構図だ。しかし、彼の救済とは、この世からの抹消に他ならないっ! たっ、たっ、たっ、助けてぇぇ~

「すみません、ガリアさん。彼は今から私達とお昼ご飯を食べるんです。色々あって、もう時間が……」
「ダイジョウブ、デース。キュートガール。すぐにオワリマース」

 オレの人生がね! む、むぉぉ!! こんな所で死んでたまるかぁ!

 ヒカリちゃんの会話にて僅かに意識が外れた隙にオレは肩に乗せられているガリアさんの手を掴む。

「チョコザイナ」

 ガリアさんのオレを殺りにくる殺気! 親指で首裏の頸椎を破壊する動きをオレはギリギリで上着を脱いでスポンと避ける。
 その親指は上着を貫いてら。ひぇ~。ガリアさんの股下を抜けて背後に回る。

「ま、ま、ま、マジですか!? マジでオレを!?」

 今まで以上に洗練された動きで逃げ出せたのはガリアさんが本気でオレを殺しに来た故の防衛本能が働いたからだ。

「DIE」

 平然と無拍子でガリアさんが距離を詰めるてくる。いくらキレが良いとは言え、彼との戦闘力の差は歴然だぁ!
 しかも、DIEって言ってるし……ここは――

「逃げるんだよぉぉぉぉ!! スモー○ー」

 オレは振り返り後塵を上げながら一度は言ってみたい台詞をかまして全力逃亡した。こんな所で死んでたまるかっ!





「フム……中々にメンドウデース。しかし、必ずDIEしマース」

 マザーの命令であれば確実に追って始末する所デスガ、今は放って置いて良イ。マイゴッドと共に居れば、いずれ合間見えるデショウ。あのカスに人生の時間を浪費するのは最小限にシタイ。

「キュートガール」

 逃げたケンゴへ十字を切るガリアはヒカリとリンカに名刺を渡す。

「何かあったらすぐに連絡ヲ。いつでも掃除に駆けつけマース」
「え、あ、ありがとうございます……」
「わ、全部イギリス語だ」

 何がどうなってるのか。
 困惑するリンカと、名刺を物珍しそうに眺めるヒカリにガリアは微笑むと、文化祭会場から出て行った。

「…………ヒカリ、お隣さんを追いかけるよ」
「あはは。よしきた」

 本当に二人と居ると退屈しないなぁ。
 とヒカリはこれからも続く二人の恋仲を一番近くで見届ける事にした。
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登場人物紹介

鳳健吾(おおとり けんご)。

社会人。26歳。リンカの隣の部屋に住む青年。

海外転勤から3年ぶりに日本に帰って来た。

所属は3課。

鮫島凜香(さめじま りんか)。

高校1年生。15歳。ケンゴにだけ口が悪い。

鮫島瀬奈(さめじま せな)

XX歳(詮索はタブー)。リンカの母親。ママさんチームの一人。

あらあらうふふなシングルマザーで巨乳。母性Max。酒好き。

谷高光(やたか ひかり)

高校1年生。15歳。リンカの幼馴染で小中高と同じ学校。雑誌モデルをやっている。

鬼灯未来(ほおずき みらい)

18歳。リンカの高校の先輩。三年生。

表情や声色の変わらない機械系女子。学校一の秀才であり授業を免除されるほどの才女。詩織の妹。

鬼灯詩織(ほおずき しおり)

30代。ケンゴの直接の先輩。

美人で、優しくて、巨乳。そして、あらゆる事を卒なくこなすスーパー才女。課のエース。

所属は3課。

七海恵(ななみ けい)

30代。1課課長。

ケンゴ達とは違う課の課長。男勝りで一人称は“俺”。蹴りでコンクリートを砕く実力者。

黒船正十郎(くろふね せいじゅうろう)。

30代。ケンゴの勤務する会社の社長。

ふっはっは! が口癖で剛健な性格。声がデカイ。

轟甘奈(とどろき かんな)。

30代。社長秘書。

よく黒船に振り回されているが、締める時はきっちり締める。

ダイヤ・フォスター

25歳。ケンゴの海外赴任先の同僚。

手違いから住むところが無かったケンゴと3年間同棲した。四姉妹の長女。

流雲昌子(りゅううん しょうこ)。

21歳。雑誌の看板モデルをやっており、ストーカーの一件でケンゴと同棲する事になる。

淡々とした性格で、しっかりしているが無知な所がある。

サマー・ラインホルト

12歳。ハッカー組織『ハロウィンズ』の日本支部リーダー。わしっ娘

ビクトリア・ウッズ

30代。ハロウィンズのメンバーの一人で、サマーの護衛。

凄腕のカポエイリスタであり、レズ寄りのバイ。

白鷺綾(しらさぎ あや)

19歳。海外の貴族『白鷺家』の侯爵令嬢。ケンゴの許嫁。

音無歌恋(おとなし かれん)

34歳。ママさんチームの一人で、ダイキの母親。

シングルマザーでケンゴにとっては姉貴みたいな存在。

谷高影(やたか えい)

40代。ママさんチームの一人であり、ヒカリの母親。

自称『超芸術家』。アグレッシブ女子。人間音響兵器。

ケンゴがリンカに見せた神ノ木の里

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