第668話 強者は常に引かれ会うDestiny
文字数 2,580文字
男の何人かは何日も入り浸る事があった。容姿の良い母親はそんな男と共に何日も家を開ける事がある。
そして、いつも疲れた様に一人で帰ってくるのだ。
「なんでよ……なんで……あの女の方なのよ……クソっ!」
荒れる母親に美優は近づかない。叩かれると知っているし、少し時間を置けば落ち着くからだ。
そして、うっ……と泣き出す母親がとても可哀想に見えて美優は、
「だいじょうぶだよ、ママ。わたしがいるから」
そう、言って後ろから抱きついた。しかし、母親は美優に振り返ると、
「そっか……」
と、何かに気がついた様に美優を見てそう言った。
次の日、美優が起きると母親の姿は無かった。母親は知らない内に出かける事が多いので、今回もその類いかと思っていた。
部屋の掃除は自分の仕事。やらなければ怒られるので毎日やる。
ご飯は棚に買い貯めしてあるカップ麺。無ければテーブルに千円札か500円が置いてある。
しかし、今日はテーブルに何も置いてなかった。棚のカップ麺も昨日から無くなっていて、お腹が空いていたが、外には出るなと言われていたので母親が帰ってくるのを待つことにした。
夜になっても母親は帰って来なかった。先に眠っていると怒られるので、美優は眠気に耐えて部屋の隅でじっとしていた。
朝になった。そのまま昼になっても母親は帰って来ず、夕方、夜になっても帰ってくる気配はない。また、朝になって昼になって夕方になって――美優は体力の限界を迎えて倒れた。
すると、部屋の扉が開いた気がした。そこから入ってきたのは母親だった。美優は身体を何とか起こす。
「美優、あんた要らないわ。適当な施設に頼んどいたから」
「…………」
それだけを言って母親は振り返らずに部屋を出て行った。美優はそんな母親に縋りたかったが、空腹と眠気で意識が朦朧として声を出す事が出来なかった。
その後、美優は駆けつけた蓮斗とハジメに保護されて『空の園』へ。
ハジメに抱き抱えられながらも、母親から告げられた言葉が酷く記憶に残った。
あんた要らないわ――
わたしは捨てられた。
実の親からそう言われて、幼くとも理解するには十分な言葉だった。
結局は皆そうなのだ。
結局は自分が可愛い。こちらが自分を削って他人に尽くしても、愛を求めても、それを相手が与えてくれるとは限らない。それは実の親でさえも。
「ふんっ! どうせ貴女もその、身体で籠絡させて来たんでしょ? わたしには、そんなモノは効かないわ! あー、やらしい、やらしい」
美優はビシッ! とセナを指差す。
すると、セナはスッと片膝をついて美優に目線を合わせつつ、その頭に優しく手を置いた。
「美優ちゃんはしっかりしてるわね~」
微笑みつつ褒めるように撫でる。
てっきり抱きつかれるかと思っていた美優は少し肩透かしを食らった様に気が抜ける。しかし、ハッ! と我に返る。
「ふ、ふん! 他がだらしないから、わたしがしっかりしてるの!」
俺らの事かよー、と後ろから勝治と学が声を上げた。
「本当に偉いわ~。美優ちゃんがいれば~皆、安心ね~」
「そ、そうよ! わたしがしっかりしてるの!」
ナデナデ。
「柊先生も、ハジメさんも、みんなも甘いのよ!」
ナデナデ。
「しっかりしないと、一人になった時に何も出来ないじゃない!」
ナデナデ。
「だから!」
ナデナデ。
「だから……」
セナは美優が言いたい事を全て語るまで、優しく聞いていた。それが彼女の望む事であると理解して、そして――
「無理に一人で何でも出来るようにならなくて良いのよ~」
「な! だ、誰が! 無理してなんて――」
少し感情的になった様子にセナは美優を包むように抱きしめる。己の大きな胸に圧迫しない様に本当に優しく――
「美優ちゃんは、まだ子供で良いの~。皆、そんな美優ちゃんを必要としているわ~」
あんた要らないわ。
その言葉だけが、美優の中に残っていた。しかし、セナのハグによって、僅かに残っていた母親に抱きしめられた時の暖かさを思い出し――
美優ちゃんを必要としているわ~
その雰囲気でセナが告げた言葉は、美優の中で母親と重なった。そして、不思議と抱きしめ返し、
「――うわぁぁぁん……」
人目も憚らずセナに埋まる様に泣いた。
「どうやら、俺の完全敗北の様だぜ」
「駄目ですよ~子供達を勝負事の結果に使っては~」
国尾は荷車の運転席にスタンバイし、荷台に乗り込む三人を見つつ告げた。
「俺は知った。俺が求める“愛”に更なる上があるのだと」
「大袈裟ですよ~私はただ~」
荷台に乗る三人と目が合う。三人は感情のままにセナに呑まれた事で少し恥ずかしそうに視線を反らした。
「子供達の笑顔が見たいだけですから~」
「ふっ……感謝するぜ。おかげで俺はまた、強くなれた」
「貴方が強くなる要素ありました~?」
「貴女とはいずれ会うだろう。その時はこうは行かないぞ!」
「何がです~?」
「強者は常に引かれ会うDestiny。サラバ」
「話が噛み合って無いわ~」
ガラガラと国尾エンジンを搭載した荷車は『空の園』行きの直行便を発進させる。
セナはニコニコしながら手を振っていると、荷台の三人は振り返り笑顔で手を振ってくれた。
「終わったか?」
「終わりました~」
ジョージは途中からユニコ君に勧められてクレープを買い、食べ終わっていた。
「子供達の笑顔。その条件を見極めたのか?」
「いいえ~ただ私は可愛いモノが好きなだけですよ~」
「やはりか」
三人の子供達を見たときのセナの初動。アレは明らかに獲物を見つけたモノだった。
しかし、無理に迫っても逃げられると判断し、切り替えたのである。
「北風と太陽か……」
「うふふ~。終わりよければ~全て良しです~」
ほくほくと満足げなセナ。
侮れない女だ。結果として己の欲求を満たすとは。
ジョージはセナがただの美女で無い事を認識すると、改めて歩き出す。
ジョージは近くに電線に停まったカラスと、商店街の中から向けられる視線を感じつつも、こちらに害が及ぶ気配が無い限りは知らぬ存ぜずを決めることにした。
「もう、寄り道はせんぞ」
「は~い♪」
只者でない二人の歩みに人達は道を開ける。
『スイレンの雑貨店』が見えてきた。