第152話
文字数 1,108文字
冬矢が奏多を捕まえようと伸ばした手を、ピュリュが上から手刀で打ち払います。ラベンダーの香りが一気に立ち昇りました。そのまま鏡の冬矢に飛び掛かっていきそうな勢いでしたが、ピュリュまで戦闘に参加しては時間がなくなってしまいます。
「みんな、お願い。早く来てー!」
スピーカーから響いて来る稜佳の声が震えています。
『待ちなさい、ピュリュ! 私たちがエナンチオマーを引き留めます! 皆をキラルの扉へ!』と指示を飛ばしました。キラルの扉の位置が、冬矢と酒井君のお母さんにばれてしまいますが、時間切れになってしまうのはもっとまずい。
「わかった。任せろ」
ピュリュは言葉少なにうなずくと、マスターと一来に自分の側にくるよう目配せしました。一来がスマートフォンを私に投げてよこしました。離れてしまうと状況が分からなくなるのでいい判断です。
紅霧と私で、冬矢と酒井君のお母さんの視線を戦闘に引き付け、人間たちが逃げ出す時間を稼ぐのです。
(しかし、人型ではおそらく倒しきれないでしょう……。危険ですが、ぎりぎりまで引き付けて、奏多の家に走り込みキラルの扉を通って鏡を抜けるしかないかもしれません。ただ、追いかけてきたエナンチオマーが、扉を抜けてしまったらマズいですね)
迷っていると胸ポケットに入れたスマートフォンから、稜佳の声がしました。
――扉が……、閉まるのが止まらない
『今、何センチ開いていますか?』
――ええと、四十四センチだけど……
もはや選択の余地はないようです。
『稜佳、今すぐ積み上げた物を登って、鏡から抜けてリアル世界に戻ってください』
冬矢と戦いながら稜佳と話します。
――う、うん。でも……、皆は?
『すぐに行きます! 早く!』
――分かった。
耳を澄ませて、積み上げた机やイスを稜佳がよじ登る音が聞こえてきたのを確認し、小さく息をつきます。
マスターたちを見ると、ちょうど奏多の家の玄関にたどり着いたところでした。奏多が家に入る前に、唇をかんでこちらを振り返りました。
「早く行きな! エナンチオマーの冬矢はあんたの知ってる冬矢じゃないんだ。キラルの扉が閉まったら、巻き添えくってあたし達もおだぶつだよ」
奏多の様子に気が付いた紅霧が、酒井君のお母さんのでたらめな拳を腕で受け、耐えながら叫びました。奏多は目をつぶり、何度か深呼吸した。目を開けると、奏多はしっかりした口調で言いました。
「うん、ごめん。あれは優しい冬矢さんじゃなかった。同じ顔の別人、いや、ヒトですらなかったんだな。皆を危険な目に合わせちゃって、本当に、本当にゴメン」
「そんなの奏多のせいじゃないよ! さあ、行こう!」
一来が励ますように奏多の肩を軽く叩きました。
「みんな、お願い。早く来てー!」
スピーカーから響いて来る稜佳の声が震えています。
『待ちなさい、ピュリュ! 私たちがエナンチオマーを引き留めます! 皆をキラルの扉へ!』と指示を飛ばしました。キラルの扉の位置が、冬矢と酒井君のお母さんにばれてしまいますが、時間切れになってしまうのはもっとまずい。
「わかった。任せろ」
ピュリュは言葉少なにうなずくと、マスターと一来に自分の側にくるよう目配せしました。一来がスマートフォンを私に投げてよこしました。離れてしまうと状況が分からなくなるのでいい判断です。
紅霧と私で、冬矢と酒井君のお母さんの視線を戦闘に引き付け、人間たちが逃げ出す時間を稼ぐのです。
(しかし、人型ではおそらく倒しきれないでしょう……。危険ですが、ぎりぎりまで引き付けて、奏多の家に走り込みキラルの扉を通って鏡を抜けるしかないかもしれません。ただ、追いかけてきたエナンチオマーが、扉を抜けてしまったらマズいですね)
迷っていると胸ポケットに入れたスマートフォンから、稜佳の声がしました。
――扉が……、閉まるのが止まらない
『今、何センチ開いていますか?』
――ええと、四十四センチだけど……
もはや選択の余地はないようです。
『稜佳、今すぐ積み上げた物を登って、鏡から抜けてリアル世界に戻ってください』
冬矢と戦いながら稜佳と話します。
――う、うん。でも……、皆は?
『すぐに行きます! 早く!』
――分かった。
耳を澄ませて、積み上げた机やイスを稜佳がよじ登る音が聞こえてきたのを確認し、小さく息をつきます。
マスターたちを見ると、ちょうど奏多の家の玄関にたどり着いたところでした。奏多が家に入る前に、唇をかんでこちらを振り返りました。
「早く行きな! エナンチオマーの冬矢はあんたの知ってる冬矢じゃないんだ。キラルの扉が閉まったら、巻き添えくってあたし達もおだぶつだよ」
奏多の様子に気が付いた紅霧が、酒井君のお母さんのでたらめな拳を腕で受け、耐えながら叫びました。奏多は目をつぶり、何度か深呼吸した。目を開けると、奏多はしっかりした口調で言いました。
「うん、ごめん。あれは優しい冬矢さんじゃなかった。同じ顔の別人、いや、ヒトですらなかったんだな。皆を危険な目に合わせちゃって、本当に、本当にゴメン」
「そんなの奏多のせいじゃないよ! さあ、行こう!」
一来が励ますように奏多の肩を軽く叩きました。