第112話

文字数 719文字

 中央公園のはずれには、壊れた噴水がありました。数年前の大規模な改装で、今は使われなくなったエリアなのです。すでに水のない溜め池のふちには、つる草が這い、ひび割れたコンクリートを浸食しています。

 手入れがされなくなって久しく、重なり合う葉が光を遮って、昼間だというのに薄暗く、遊ぶ子供の笑い声も、井戸端会議にいそしむ母親達の声も届きません。稜佳はざわめくうっそうと繁る木々を怯えた目で見上げました。

「随分寂しいところだね……」

 稜佳が声をひそめてささやきました。視線の先にいる、噴水の傍に立っている人物とは距離があるものの、ここでは人の声は異質で、やけに響きます。

「なんだか怖い……」

 一来達に見つからないように噴水の管理用だったらしい小屋の中に身を潜めているので、いっそう不気味に感じるのでしょう。私から言わせれば不気味さなどは、ただの気のせいにすぎません。

『人が来ない場所を選んだのでしょうね』状況を分析して、冷静な意見を述べました。

 小さな声でささやきあっていましたが、斥候として一来にくっついていた蜘蛛のマミは、私達の話し声を聞きつけたようです。木から木へ飛び移って戻ってくると、マスターの髪の毛に着地しました。

「マミちゃん、お疲れ様。しおり糸、ありがとう。おかげですぐ二人が見つかったわ」

 アイラは小さな鋏で髪を切ってマミに与えました。蜘蛛がぷるりと身を震わせた。精命を食べるのは影なのに、小さな虫はやはり精命が本体にも影響を与えるようです。マミはなおも丸い瞳で稜佳を見つめています。褒めて、と言っているようで愛らしい。

「あ、ありがとう、マミちゃん」

 稜佳がおびえながらも声をかけると満足したのか、マスターの髪にうずもれました。
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