第29話

文字数 667文字

 額に指先をあて、ゆるゆると首を振りました。鏡を奪うだけでよかったものが、助ける対象が出来てしまったのは非常に厄介です。

 私は天井から真っ直ぐに落ちて、紅霧の目の前に立ちました。紅霧がまばたきをした瞬間に、識里の影の首に回された紅霧の腕をつかみます。しかし紅霧も、がっちりと識里の首を捕まえていて、引き剥がすことができません。

 どうしたものかと思案を巡らせていたその時、目の端に鋭く影が走りました。一、二、三……おそらく五枚。平べったく先がとがった影が、手裏剣のように空気を切り裂き、紅霧に襲いかかりました。一枚が紅霧の頬をかすめ、識里の影の首に回していた手から力が抜けました。

ほんのわずかなその瞬間を逃さず、影の首から紅霧の腕を引きはがし、反対の手で引きよせて床に放り投げました。影は床に叩きつけられ、電気がまたたくように人間と影の姿が数回入れ替わりました。人間ならば多少なりともダメージを受けるところですが、影なので、それほどダメージは受けていないはずです。

「危ない、危ない。面倒だからアタシは退散するよ。この子はもういらないから、好きにすればいいさ」

 紅霧は鏡に手を突っこみ、眠っているような識里稜佳を引っ張り出すと、床に投げ捨てました。本物の稜佳は影よりも重量を伴って、床に叩きつけられました。姿が不安定に瞬くかわりに、床に数回バウンドします。

「識里さん!」一来が駆け寄り、識里を抱えるようにして引きずり、紅霧から距離を取りました。

 混乱に乗じて紅霧はすばやく影に戻ると、かさついた笑い声を残して窓からヌルリと出て行きました。
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