第101話

文字数 965文字

「さあ、それじゃあ続けるよ。精命の湖の水を飲んだ女戦士の体には、精命が満ちるようになり、影を操ることが出来るようになった。この女戦士が私達の始祖なんだよ。

そして彼女は白と黒の鏡の力を使い戦を収めた。後に鏡を水の鬼神に返そうとしたが、不思議な湖には辿り着けなかった。だからまだ精命の湖の水のお代には足りないのだと思い、影を従えて生きるようになった。

そうしてね、女戦士が死んだあとも一世代おきに能力と鏡は引き継がれてきたんだよ」

 桐子の昔語りを聞いたせいでしょうか。初めてマスターに話しかけた時の事がふいに思い出されてきました。あの時、まだ幼かったマスターは独りぼっちで地面に石で絵を描いていたのです。

『髪をくれたら、一緒に遊んであげますよ』と話しかけると、マスターは私をじっと見つめました。それからおもむろにマスターは髪を一本、引き抜いて、私に差し出したのです。桐子が紅霧と話している所も見ていたので、怖さはなかったのでしょう。

 しばらく一緒に遊んでいましたが、やがて精命がなくなれば、私は影に戻ってしまいます。するとそのたび、マスターは髪を引き抜いて私にくれました。何度目かに髪を抜こうしたマスターの手を止め、『もう家に帰る時間でしょう。また明日に』と言ったら、マスターはほろほろ泣き出して、桐子のハサミを持ちだしてきたのでしたね……。

(ああ、これはいけません)

 湧き上がる思い出に流されそうになり、私は首を振って物思いを振り払った。ほのぼのしていると足をすくわれそうな香りが漂ってきたからです。

 ふたりの語らいを邪魔しないように、私はマスターの足元からそっと離れました。香りが漏れ出ている部屋の前まで来ると耳をすませます。物音は何も聞こえません。

私はドアの隙間から洋間に滑り込みました。さいわい窓から西日が射し込み、部屋のそこここに影を落としています。そのひとつに身を潜めていると、ほどなくして先ほどから感じていたクチナシの香りが強まってきました。

 そして暖炉の上にかけられた楕円形の鏡の表面に、水面のようにさざなみがたちました。
 とぷん……。
 人間の耳では聞き取れないほど小さな音がしました。鏡の中から白い指先が出てきて、金色の飾りのついた鏡のまわり縁をつかみます。周囲を警戒しながら、そろりと出て来たのは、やはり紅霧でした。
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