第201話
文字数 1,103文字
「影、ついてこい!」
呼ばれた冬矢の影は、催眠術にでもかかっているような虚ろな足取りで、エナンチオマーの後に従いました。
エナンチオマーに引きずられて行く冬矢のママの目に、黒い精命が霞んでいる鏡が映りました。霞の向こう側を見るともなしに見ていた目に急に生気がもどり、「と、冬矢!」と鏡に向かって叫びました。冬矢の影がピクリと動きを止めました。
エナンチオマーがぐっと腕に力を込めると、冬矢の母は頸動脈を締められ意識を失ってしまいました。その重さでずるりとエナンチオマーの腕から滑り落ちます。エナンチオマーの拘束からママが逃れたその瞬間を捕まえて、私は影になると床を刷き、紅霧を捉えているエナンチオマーの腕を手刀で思い切り打ち抜きました。
ゴキッという鈍い音が響き、グウッ、とうめき声がエナンチオマーの口から漏れます。手首と肘の間で骨の支えを失い、腕がコントロールを失ってぶらりと垂れました。戒めからとかれた紅霧は、すばやくエナンチオマーから逃れました。
「影っ! 闘え!」
エナンチオマーが自分の腕をおさえて命令しました。抜け殻のように自分の意思を放棄してしまった冬矢の影が、無表情に向かってきます。
保身を全く考えずに仕掛けてくる捨て身の攻撃は、冬矢の影をなるべく傷つけないように手加減する余裕を奪います。目を狙ってきた冬矢の手を手刀で打ち払いました。
マスターが手当たり次第に髪をばらまいて、周囲の影に加勢させていきます。椅子やテーブル、ぶら下がっていたお玉やフライ返し。長方形の影はティッシュボックスの影でしょうか? かわるがわる冬矢の影に襲い掛かっては、打ち払われます。
小さな影達が飛び回る中、蹴りを打ち込みます。冬矢の影は腕でガードし、すぐさま蹴りを返してきました。私はテーブルの飛び乗って冬矢の攻撃を避け、影に問いました。
『なぜですか? 私たちを攻撃することは冬矢の意思ではないでしょう!』
「仕方ない。仕方なんだ。黒の鏡の中の冬矢からは……、なんの意思も伝わってこないんだから。何も! なんにも、だ!」
叫ぶ間も攻撃が止むことはありません。影同士の戦いは人のスピードをはるかに超え、力を超え、容赦なく続きます。戦場は壁も天井も関係なく展開し、腕は時に鞭に形を変え、ぶつかり合います。
「本体の冬矢の意思が無だから、エナンチオマーの意思に支配されてしまったのか……?」
一来が私達の戦いを目で追いながら一人呟きました。
蹴りを撃つたび、冬矢の影の攻撃を腕で受けるたび、一来の血で増幅していた精命が消耗し、失われていきます。この時、マスターも稜佳も奏多も、そして余力のなくなった私自身も戦いに気を取られ過ぎていました。
呼ばれた冬矢の影は、催眠術にでもかかっているような虚ろな足取りで、エナンチオマーの後に従いました。
エナンチオマーに引きずられて行く冬矢のママの目に、黒い精命が霞んでいる鏡が映りました。霞の向こう側を見るともなしに見ていた目に急に生気がもどり、「と、冬矢!」と鏡に向かって叫びました。冬矢の影がピクリと動きを止めました。
エナンチオマーがぐっと腕に力を込めると、冬矢の母は頸動脈を締められ意識を失ってしまいました。その重さでずるりとエナンチオマーの腕から滑り落ちます。エナンチオマーの拘束からママが逃れたその瞬間を捕まえて、私は影になると床を刷き、紅霧を捉えているエナンチオマーの腕を手刀で思い切り打ち抜きました。
ゴキッという鈍い音が響き、グウッ、とうめき声がエナンチオマーの口から漏れます。手首と肘の間で骨の支えを失い、腕がコントロールを失ってぶらりと垂れました。戒めからとかれた紅霧は、すばやくエナンチオマーから逃れました。
「影っ! 闘え!」
エナンチオマーが自分の腕をおさえて命令しました。抜け殻のように自分の意思を放棄してしまった冬矢の影が、無表情に向かってきます。
保身を全く考えずに仕掛けてくる捨て身の攻撃は、冬矢の影をなるべく傷つけないように手加減する余裕を奪います。目を狙ってきた冬矢の手を手刀で打ち払いました。
マスターが手当たり次第に髪をばらまいて、周囲の影に加勢させていきます。椅子やテーブル、ぶら下がっていたお玉やフライ返し。長方形の影はティッシュボックスの影でしょうか? かわるがわる冬矢の影に襲い掛かっては、打ち払われます。
小さな影達が飛び回る中、蹴りを打ち込みます。冬矢の影は腕でガードし、すぐさま蹴りを返してきました。私はテーブルの飛び乗って冬矢の攻撃を避け、影に問いました。
『なぜですか? 私たちを攻撃することは冬矢の意思ではないでしょう!』
「仕方ない。仕方なんだ。黒の鏡の中の冬矢からは……、なんの意思も伝わってこないんだから。何も! なんにも、だ!」
叫ぶ間も攻撃が止むことはありません。影同士の戦いは人のスピードをはるかに超え、力を超え、容赦なく続きます。戦場は壁も天井も関係なく展開し、腕は時に鞭に形を変え、ぶつかり合います。
「本体の冬矢の意思が無だから、エナンチオマーの意思に支配されてしまったのか……?」
一来が私達の戦いを目で追いながら一人呟きました。
蹴りを撃つたび、冬矢の影の攻撃を腕で受けるたび、一来の血で増幅していた精命が消耗し、失われていきます。この時、マスターも稜佳も奏多も、そして余力のなくなった私自身も戦いに気を取られ過ぎていました。