第204話
文字数 1,126文字
「紅霧っ、やめて!」
「おどき、アイラ!」
紅霧の前に両手を広げて立ちふさがったマスターを、紅霧が押しのけようと手を伸ばします。
「おやめください、紅霧」
紅霧の意図はわからないものの、マスターに手を出させる訳にはいきません。紅霧の手を払いのけました。すると、意外なことに紅霧が必死のまなざしで見つめてきました。
「どいておくれ、フラーミィ! 最後のチャンスなんだ」と、懇願します。
――攻撃してくれたら力づくで止められるものを
私もそれ以上手を出せずに紅霧と対峙する形で膠着しました。
「フラーミィ、紅を止めておいておくれ!」
桐子の声にハッとして視線をやると、桐子が白の鏡の縁に手をかけて鏡から出まいと抵抗していました。しかしエナンチオマー相手に、いつまでも持ちこたえられるはずもありません。引きずり出されるのは時間の問題に思えた。
桐子を助けに行けば、同時に紅霧が鏡の間に滑り込むでしょう。エナンチオマーと紅霧が一緒になって桐子を引っ張り出そうとしたら、私でも止める自信はありません。
『一来! 冬矢を早く!』
一来はハッとしてうなずくと、冬矢の体を引きずり、二枚の鏡の間から移動させようと引っ張りました。脱力した冬矢の体は重たいが引きずられていく。鏡の間から冬矢がいなくなれば、少なくともエナンチオマーと冬矢の入れ替わりはおきません。桐子を鏡から引きずり出す訳にもいかないでしょう。
「やめろっ!」
エナンチオマーが焦り、桐子を掴んでいる腕に力が入ったようです。ズルっと桐子の体が鏡から出始め……。
「おばあちゃん!」
マスターの悲鳴が響き渡ると、それに答えるように、黒い影が鋭く風をきって空中を横切りました。そしてエナンチオマーの顔を覆うように貼りつきました。
「うわっ」
エナンチオマーがひるんだ隙に、桐子がエナンチオマーを両足で思い切り蹴り飛ばしました。全体重を後ろにかけて桐子を引っ張っていたエナンチオマーがたたらを踏んで後ろによろめきます。バランスをくずしたところを、影となった私は床をすべってエナンチオマーに近寄り、腹に回し蹴りを入れました。エナンチオマーが吹っ飛び、黒の鏡の中に吸い込まれていきました。
その瞬間、エナンチオマーの顔に貼りついていた黒い影が、糸をたなびかせて飛びのきます。
「マミちゃん!」マスターがその名を呼びました。
「紅! 鏡を割るんだ!」桐子が鏡から飛び出し、紅霧に命令します。
「はっ」
紅霧の声と共に鞭が唸り、エナンチオマーもろとも黒の鏡を打ち砕きました。
黒と白の二枚の鏡が、同時にぱあんっと音をたててはじけました。割れたとたんに、鏡は透き通った水しぶきとなり、はじけた水滴が空中で集まり、流れる川となってマスターの中に流れ込みました。
「おどき、アイラ!」
紅霧の前に両手を広げて立ちふさがったマスターを、紅霧が押しのけようと手を伸ばします。
「おやめください、紅霧」
紅霧の意図はわからないものの、マスターに手を出させる訳にはいきません。紅霧の手を払いのけました。すると、意外なことに紅霧が必死のまなざしで見つめてきました。
「どいておくれ、フラーミィ! 最後のチャンスなんだ」と、懇願します。
――攻撃してくれたら力づくで止められるものを
私もそれ以上手を出せずに紅霧と対峙する形で膠着しました。
「フラーミィ、紅を止めておいておくれ!」
桐子の声にハッとして視線をやると、桐子が白の鏡の縁に手をかけて鏡から出まいと抵抗していました。しかしエナンチオマー相手に、いつまでも持ちこたえられるはずもありません。引きずり出されるのは時間の問題に思えた。
桐子を助けに行けば、同時に紅霧が鏡の間に滑り込むでしょう。エナンチオマーと紅霧が一緒になって桐子を引っ張り出そうとしたら、私でも止める自信はありません。
『一来! 冬矢を早く!』
一来はハッとしてうなずくと、冬矢の体を引きずり、二枚の鏡の間から移動させようと引っ張りました。脱力した冬矢の体は重たいが引きずられていく。鏡の間から冬矢がいなくなれば、少なくともエナンチオマーと冬矢の入れ替わりはおきません。桐子を鏡から引きずり出す訳にもいかないでしょう。
「やめろっ!」
エナンチオマーが焦り、桐子を掴んでいる腕に力が入ったようです。ズルっと桐子の体が鏡から出始め……。
「おばあちゃん!」
マスターの悲鳴が響き渡ると、それに答えるように、黒い影が鋭く風をきって空中を横切りました。そしてエナンチオマーの顔を覆うように貼りつきました。
「うわっ」
エナンチオマーがひるんだ隙に、桐子がエナンチオマーを両足で思い切り蹴り飛ばしました。全体重を後ろにかけて桐子を引っ張っていたエナンチオマーがたたらを踏んで後ろによろめきます。バランスをくずしたところを、影となった私は床をすべってエナンチオマーに近寄り、腹に回し蹴りを入れました。エナンチオマーが吹っ飛び、黒の鏡の中に吸い込まれていきました。
その瞬間、エナンチオマーの顔に貼りついていた黒い影が、糸をたなびかせて飛びのきます。
「マミちゃん!」マスターがその名を呼びました。
「紅! 鏡を割るんだ!」桐子が鏡から飛び出し、紅霧に命令します。
「はっ」
紅霧の声と共に鞭が唸り、エナンチオマーもろとも黒の鏡を打ち砕きました。
黒と白の二枚の鏡が、同時にぱあんっと音をたててはじけました。割れたとたんに、鏡は透き通った水しぶきとなり、はじけた水滴が空中で集まり、流れる川となってマスターの中に流れ込みました。