第151話

文字数 860文字

「キャアアアアアア!」奏多が悲鳴をあげる。ピュリュがその腕をひっぱり、自分の後ろに隠しました。

「見るな、奏多」

 ソレは足が奇妙な角度に折れまがり、歩けるはずがないのに、全身を揺らしながら近寄ってきます。体を二つに折り、顔だけをこちらに向けているのです。口が裂け黒目が縮んで上転していました。異様な見た目に不釣り合いな花柄の普段着が、かえって違和感を際立たたせています。

「その服……。さ、酒井君のおかあ……さん?」

ピュリュの後ろから覗いた奏多が、呆然とつぶやきました。

「そう! あたしは酒井君のお母さんだよぉ!」

 酒井君のお母さんの後ろから、エナンチオマーの冬矢が姿を現しました。酒井君のお母さんと同じように黒目が縮んでいるので、顔立ちは全く違うのに、兄弟のようによく似た風貌になっています。奏多がヒクッと喉を鳴らしてピュリュの背中にしがみつきました。

「そこで会ったんだ。話を聞いてみたら、ひどいよねえ、酒井君のお母さんの足をこんな風にしちゃったのは、君たちなんだってね? お詫びに僕たちもキラルの扉に連れて行ってよ」

『どの家にキラルの扉があるのかわからないので、待ち伏せしていたんですね』

 私はマスターの前に出ました。紅霧も一来を背中に庇う位置に移動します。
酒井君のお母さんがジャンプして飛びかかってきました。折れた足が、空中でブラブラと揺れています。上から降ってくる酒井君のお母さんの蹴りを、両手をクロスさせて受け、横に弾きました。うっと思わずうめき声がもれました。

――重い!

「黒炎ッ、いくよッ!」

 アスファルトに膝を着いた酒井君のお母さんに、紅霧が蹴りを放ちましたが、酒井君のお母さんは地面に素早く伏せて、避けました。紅霧はすぐさま上から拳を打ちおろしました。 しかし酒井君のお母さんも、紅霧の拳に拳を正面から打ち返してきました。

 エナンチオマーは痛みがないので、全力で打ってきます。そのため、さすがの紅霧も顔をゆがませました。酒井君のお母さんはただの中年の女性だというのに手強く、影になれない紅霧は押され気味です。
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