第149話

文字数 735文字

「俺も行く! 消えるなんて真っ平だ。なんで俺はリアルじゃないんだ。俺だっていいはずだろ? ほとんど同じなんだから。 言え、扉はどこだ」

 奏多が反射的に自分の家の方角に視線を向けるのと、「見るな! 奏多っ」とピュリュが言うのは、ほぼ同時でした。

 鏡の冬矢は奏多の視線を盗むと、用済みとばかりに、奏多に体当たりして突き飛ばしました。吹っ飛んだ奏多が思い切り地面に叩きつけられるのを見ると、鏡の冬矢はグシュリと裂けた口から余分な息を漏らし、耳障りな雑音のような笑い声を響かせました。そして奏多の視線が指していた方角に走り去りました。

 紅霧が影になって追いかけようとしましたが、影にはなれません。鏡の中には太陽がないため、影が存在しないせいです。チッ、と舌打ちし冬矢を追って走り出しましたが、人形の紅霧は、あまり足が速くないようです。さらにフレアースカートが風をはらんで膨らみ、足に絡みつくのも邪魔になっています。

 みるみる距離が離れていくのを見かねて一来も走り出し、紅霧を追い越しました。マスターとピュリュの手につかまって、気丈に立ち上がった奏多に『私達も急ぎましょう』と声をかけて、後を追います。
「フラーミィ、エナンチオマーの冬矢がリアル世界に出てしまったらどうなるの?」

 走るスピードを上げて、私の隣に並んだマスターが並びました。

「おそらくはリアルな冬矢と入れ替わろうとするでしょう。なぜならリアルとエナンチオマーは長い時間同じ世界には存在できないからです。リアルとキラルは鏡を隔てた対の世界なのですから。釣り合いを取るためには、片方しか存在できないのです」

「そうなのか? 知らなかった。どうしよう……」

 すぐ後ろを走っていた奏多も聞こえていたようです。声が震えています。
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