第173話

文字数 898文字

 ほっと息をつき、出血元の傷を探していきます。一番大きな傷口は両方の手のひらでした。大きくナイフで切られています。腕にも傷がありますが、深くはなさそうです。

 一来に痛みを感じさせないように、濡らした布で傷口の周囲を注意深く拭き取ります。化膿止めと傷を修復する作用がある水色の軟膏を厚めに塗り、ガーゼをあてて医療用のテープで止めていきます。さいわい縫ったり止血をしたりする必要はなさそうでした。

 客間のドアから、心配そうな顔を覗かせているマスターと稜佳にうなずいて安心させ、一来の耳元で呼びかけました。

『一来……一来、起きてください。私がわかりますか?』
「あ……、フ……ラーミィ」

そう言って、薄っすらと目を開けたものの、重さに耐えかねるように瞼が下がり、再び目を閉じてしまいました。眠ったのでしょうか?

 それならしばらく寝かせておいた方がいいのかもしれない、そう思って、一来を起こさないように立ち去ろうとしたとき、一来が私の手をつかみました。つむったままの目からこぼれ落ちた涙が、枕に吸い込まれます。

『どうしたのですか、一来』

私が声をかけると、マスターと稜佳と紅霧が一斉に部屋の中に入ってきました。

「一来君、目を覚ましたの?!」

一来は涙を腕で拭い体を起こそうとしました。

「まだ起きちゃだめだよ!」稜佳が慌てて一来の肩を抑えます。
「そうね、寝たままでも話せるでしょう」

 マスターはベッドサイドに寄って静かに言いました。

「何から話せばいいのか……」

 かすれた声で一来がつぶやきました。喉が乾燥しているのか、喋りにくそうです。

『やはり少しだけ体を起こして、水を飲みましょうか』

 一来の背中に手を添え、体を起こすのを手伝い、枕を縦にして、ベッドボードに立てかけ寄り掛からせました。ガラスのピッチャーに汲んできた水をグラスに注ぎ、一来の口元に運びます。一来は自分で持とうとグラス触れると、うっと小さくうめいて痛みに顔をゆがめました。手の傷が痛んだのでしょう。私は首を振って一来の手を下ろさせ、一来の唇にグラスを付け、水を飲ませました。

「ありがとう」

 先ほどよりはしっかりした声に、密かに胸を撫で下ろしました。
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