第32話

文字数 916文字

「……人間が鏡から出ても……、私が影に戻らない限り、精命は流れでてしまうの……」

 識里の影が言いました。すすり泣く力もなくなってしまったのか、ベッドに寄りかかるようにして、何とか座った姿勢を保っています。

『そして鏡から人間が出てしまったので、本体と影を繋ぐ道も失われてしまったようですね』

 精命が流れ込まなくなったので、影も急速に弱っていっているようです。

「稜佳は……、ギタリストの布川虎のファンなの。コンサートのチケット、やっと取れて……。だからどうしても、布川虎がいつも付けているブラック&ローズのアクセサリーを付けてコンサートに行きたかった。

諦めようとしたけど……、以前のコンサートの画像みると、ファンの子達は皆ブラック&ローズのアクセサリーを耳にも首にも手首にも、付けていて。

でもチケットを買ってしまったから、アクセサリーを買うお金はなかった。稜佳のお父さんは厳しくて、決まった額以上のお小遣いをくれる人じゃないの」

「分かるよ……」一来は識里の影を見つめていました。
「分か、る……?」

「分かるよ、当たり前だよ。僕だって、せっかくファンの人のコンサートのチケット手に入れたら、ファッションも決めたいって思うよ?」

「……でもね……買えないのなら、盗りたいって、稜佳は思ったの。胸の中で黒い鳥が羽根をだんだん広げていくみたいだった。その時、紅霧の声がしたの」

「かぁごめ、かごめ……。白い精命と黒い精命をいっぱいに、表と裏を見合わせりゃ、籠の中の鳥と影とが入れ替わる……」

アイラが歌うように言いました。識里の影はビクリと体を震わせ、そして小刻みに何回も首をコクコクと縦にふって、震えるように頷きました。

「そう。紅霧はそう言った……」 
『アイラ、その言葉はなんですか?』
「おばあちゃんが、昔言っていたの。それなあに? って聞いたら、いいから覚えておおき、って言われたわ」

「紅霧はその(ことば)を歌って……。それからささやいた。
稜佳を鏡に閉じ込めて、その間に私がアクセサリーを盗み、欲望を満たすと精命が黒く染まる。黒く染まった精命が鏡を満たした時、表の鏡と裏の鏡を合わせると、人と影は入れ替わることが出来る……って。私、ヒトになりたかった……」

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み