第191話

文字数 664文字

紅霧が満点の答案用紙を返してもらったような顔で笑います。

桐子は紅霧の笑顔に眩しそうに目を細めると、私に視線を流して寄こしました。質問を差し挟みたそうな私に、人差し指を唇にそっとあてて見せ、いたずらを企てる幼子が共犯者を作るように視線を合わせてきます。マスターによく似た強い瞳には逆らえず、桐子にだけ分かるようにかすかにうなずいてみせました。

(白の鏡と黒の鏡は表と裏。一対なのだとすれば、黒の鏡を割ったら、白の鏡はどうなるのですか……?)

 飲み込んだ質問が、小骨のように引っかかって消えません。

パチパチパチ、と桐子が手を叩きました。おそらく紅霧の関心を、苦悩の浮かんでいる私の顔から遠ざけるために。

紅霧に向けた桐子のあでやかな笑顔は、くちなしの香りのように、上品で優雅です……が、それは「くち、なし」の名の通り、真実を話さず最後まで紅霧の笑顔を守る、と決意した顔です。
そして元気な声で号令をかけました。

「紅、フラーミィ。さあ、アイラを起こして。冬矢を助けに行こうじゃないか!」
「うん。行こう、桐子!」

紅霧が遠足にでも誘われたような調子で答えます。くちなしの香りがシャボン玉のように楽しげにはじけました。久しぶりに桐子と行動を共に出来ることがうれしいのでしょう。

桐子は私に目配せすると、自分を、つまり桐子のいる白の鏡を一緒に持って行くように、と指示しました。白の鏡と黒の鏡を同じ場に置くのは危険ですが、守るものもなくこの場に置いていくわけにもいきません。私はマスターがいつも持ち歩いている糸のほつれたリュックに、白の鏡を入れました。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み